緩やかに(クン美奈)
「邪魔するぞ。」
火川家の玄関が開けられるとレイに一言そう言って美奈子がいるであろうレイの部屋に突き進む。
襖をガラリと開けると、部屋の隅で膝を抱えて小さくなっている美奈子が真っ赤な目をして恨みがましく俺のことを見ていた。
普段の彼女の溌剌とした雰囲気が微塵も無いその姿に言葉を飲み込む。それでも彼女にゆっくりと近付いていった。
「何よ、あんたは私に会ってる時間なんて無いんでしょ。早く勉強でもしにいきなさいよ…っ!」
震える彼女の手をそっと掴む。
そうだ。彼女は強い精神を持っていてもまだ17歳の少女なのだ。
脆い部分だってある。弱い所だってある。
そんな当たり前なことも恋人である俺が分かってやれないでどうする。
「すまない。美奈子。」
声が僅かに震える。情けない。
「え…」
俺から謝ることなど絶対に無いと思っていたのだろう。瞳を大きく見開いた彼女のことを包み込んだ。
「だからさようならなんて言うな。今後一切、言うな。」
囁きに近い声とは逆に抱き締める力が強くなる。
「賢人…」
「美奈子…」
俺は耳元に口を寄せ、恋人に贈る三文字を、今まで殆んど言ったことの無いその言葉を紡いでキスをした。
ぴくっと彼女の体が動き、俺は彼女のことを見る。
「…こんな時ばっかり、ずるい。」
拗ねるようにそう言った後、彼女は本当に、嬉しそうに微笑んだ。
「こんな時だからだ。」
俺は胸の中に広がる温かなものに満たされて微笑むと彼女の頬を撫でる。
「遊園地、うさぎたちと行くわ。デートはあんたが好きなところでいいから。」
「そのことだが、考えが変わった。俺が行く。」
「え?」
「楽しみにしていたんだろ?俺と行くのを。そんな可愛い話を聞いて行かない彼氏がどこにいる。」
「あ…アルテミスね!?あんのおしゃべり猫!!」
「いい相棒じゃないか。…それこそ妬けるほどな。」
「え!?」
小さな声で言ったはずだがしっかり聞こえてしまったようで、真っ赤になる美奈子から目を逸らして立ち上がる。
「だからさっさとチケットを寄越せ。」
「え、アルテミスにヤキモチ焼いたの!?賢人が!!??ねえねえそうなの!?」
「五月蝿い。」
「ちょっとちょっとレイちゃーん!!!聞いてよ!賢人ってばねー!!」
気を利かせて部屋にいなかったレイを襖を開けて呼び出して何やら報告しようとしている美奈子の後ろ襟を掴む。
「ちょっやめてよ!!」
「お前がやめろ。」
「えーーーーー!!!照れてるの!?賢人が!!??嘘!!レイちゃーーーん!!」
「おい。」
静まらない恋人に若干の怒りのオーラを背負って言えば、彼女は楽しそうに声を上げて笑い出す。
屈託の無い明るい笑顔。
その表情に結局自分の思いが更に強くなっていくのを自覚して、何とも言えない溜め息を付いたのだった。
おわり