緩やかに(クン美奈)
「賢人、今のはまずいぜ。」
「…分かっている。」
「分かってない!!美奈がチケットもらってどんだけ嬉しそうにしてたか、お前とデートするのをどんだけ楽しみにしてたか!!チケットを出した時の美奈の顔ちゃんと見てたのかよ!」
アルテミスに正直、返す言葉も無く黙る。
俺はどこかで安心していたのだ。彼女は自分が何を言っても怒るにせよ結局は隣にいてくれると。
そんな保障はどこにもないのに。
知らないうちに俺は随分と美奈子に甘えていたのかもしれない。
何も言わない俺にアルテミスは「美奈は…」と更に話を続けた。
「今まで何かを守るために何かを無くして。そういうことが沢山あったんだ。でも今は普通の女の子としてもようやく幸せになれた。
美奈にとって一番大事なのは今でもうさぎだけど、彼女本来の最高の笑顔を見ることが出来るのは賢人だけなんだぞ。」
そうだ。その笑顔が見れるということも、決して当たり前のことでは無かったはずなのに。
どうして俺はちゃんと彼女の事を見てやれていなかったのだろう。
こんな胸の痛みは美奈子と付き合うまでは感じたことの無かったものだ。
膝の上に乗せていた手を握る力が知らず強くなる。
「美奈子のことを随分よく見てるんだな、お前は。」
負け惜しみでも何でもなく思ったままのことを言えば、アルテミスは人間の姿になって鋭い眼で俺のことを見下ろしてきた。
「ああ見てきたよ。前世から一番近くでずっと見てきた。だから、美奈にあんな顔させて何もしないお前が許せない。」
そのピリピリとした怒りのオーラは主を守るそれと、マウ星の戦士としての闘争本能か。
「で?俺と決闘でもするつもりか。」
美奈子にあんな風に出て行かれて、何より自分自身に苛立っていた俺は容赦なく目の前の白い髪の男を睨んで、ふっと笑いながらそう言った。その様は客観的に見なくても嫌な男だっただろう。
しかし一番近く、という言葉にとにかく無性に腹が立った。恐ろしく勝手な話だが。
アルテミスは俺自身の威圧に一瞬怯んだ様子だったが、すぐに睨み返してきた。
「そうやって何でも上から物を言うなよ!大体、本気でやり合ったら怪我するのは間違いなくボクなんだからな!」
大声で言うには少し情けない内容ではあったが、俺には立ち入れない深い部分で彼と美奈子が繋がっている絆のようなものを感じて、今度は力無く微笑んだ。
「そういう性分なんだ。仕方が無いだろ。これでもショックを受けてない訳じゃない。」
「賢人…」
逸らした目を彼に戻せば、さっきの戦闘色が消えていて友を見るそれになっていた。
「安心しろ。美奈子の大事な相棒に怪我させるような真似は絶対にしないさ。」
「じゃ、じゃあ早く追いかけろよっ!この間抜け白髪!」
「分かっている。お前はさっさと猫に戻って大人しくしてろ。あと、デートには付いてくるなよおせっかい白髪君。」
皮肉たっぷりの言葉に呆気に取られた後、「お前だって白髪だろー!!」と既に玄関に向かっていた俺の背中に叫んでくる。
「残念だな、俺は銀髪だ。」
ムキになる自分に嫌気も差すが、それでもそんな言葉を投げて玄関の戸を閉めた。