愛の夢(ゾイ亜美)
「でも普段の私を考えたら、あなたみたいな子、全然タイプじゃないのにね。」
「何ですかそれ…」
やっぱり一言多い彼に私は少しむっとして軽く睨んで言い返す。
「まあ、私は本当に勉強しか取り柄もないし可愛くなんてないですから。きっと久し振りに会う父もがっかりしてすぐ帰ると思います。」
ウーロン茶を一口飲んで彼を見ると、ほんの少し怒った顔をしている。
「娘が可愛くない父親なんていないわ。」
「え…」
私と父を一緒にいるところを見たわけでもなく、ずっと会っていない事情も知っているわけでもない彼に真っ直ぐにそう言われてもう少し納得いかない気持ちになるかと思ったけれど、珍しく真面目な雰囲気で私を見つめる彼を見たらそんな気持ちは全く湧いてこなかった。
「じゃ、私は行くわ。」
ウーロン茶を手に持ちながらそう言って去ろうとする彼を立ち上がって呼び止める。
「どこ行くんですか!?」
「仕事。」
「え?」
「大丈夫。亜美がリラックスできるようにしてあげるから。任せて。」
「どういうこと…」
私の言葉も最後まで聞かずにウインクすると店の向こうに歩いていってしまった。
混乱している私の肩を背後からガシリと掴まれる。
「亜美かい?」
顔を見なくても分かる。穏やかで優しいどこか遠慮がちのその声。
私はゆっくりと振り返る。
「パ…パ…」
何年振りに見た父親は少し痩せたけれど眼鏡の奥の優しい瞳は変わっていなくて、顔を見ただけで泣きそうになってしまった。
「大きくなったね。母さんに似てきたか?」
そうしてにっこりと微笑んで、遅れてきたことを謝るとイスに座るように促してくれた。
何を怖がっていたんだろう。
パパはいつだって私のパパなのに。
それでもこうしてイスに座り直して向かい合うと、何を話していいのか分からなくなってしまってなかなか言葉が出ない。
それはパパも同じようで、こんな時だけど親子を感じていた。
その旋律は突然始まった。
出どころはもちろんすぐに分かった。
店の奥にあるあのピアノ。
弾いている人は彼。
聴き違えるわけがない。
かつて何度もその美しい調べを聴いては身を任せていたから。
西園寺さん…
相変わらず、何て優しいメロディーを奏でるんですか…?
『亜美、大丈夫だよ。』
まるでそう言ってくれているみたいだった。
頬には、温かい涙が伝っていて、それをそっと拭うと突然泣き出した娘を心配そうに見つめるパパに微笑む。
「パパ、私ね…」