愛の夢(ゾイ亜美)




私の両親は離婚している。
その時家を出てしまった日本画家のパパは、国中のあちこちを旅して絵を描いていて、唯一の連絡と言えば毎年送られてくる私宛の誕生日の絵葉書だけだった。


だから驚いた。そんなパパが突然手紙で私に会おうと誘ってきたから。

もう何年も会っていなかったし、パパが知っている「私」は、両親の前では良い子でいようと面白味もなく優等生なだけのつまらなかったあの頃の私だ。

いくら会いたいという気持ちがあっても、そのことが実際会うにはかなり勇気を必要とさせてしまっている。

パパとどんな顔をして会えばいいのか分からない。パパのことは好きだけど、今の私を見せてどう思われるのかが分からなくて怖い。


約束の日が来ても、その気持ちを拭い去ることがどうしてもできずに足取りを重くさせていた。


私ってだめ。
勉強がいくらできたってこういう性格、ちっとも変わってない。
うさぎちゃんたちと友達になって、色々なことがあって。
少しは成長した気がしていたのに…。
大切な人に会うのにこんなにも臆病になってしまう自分がいる。





夜の十番街は昼間と変わらず賑やかで、幸せそうに歩くカップルや、仕事で疲れてとぼとぼ家に向かうサラリーマン。色々な人が行き交っている。

空を見れば、その人々…いいえ、それ以上の星が瞬いている筈なのにそれらは人工的な明かりに隠れてしまって見えない。


本当の自分を嘘で固めていたあの頃の私みたいに―――――










待ち合わせのバーの扉を深呼吸してからゆっくりと開ける。

このお店は、パパがまだ十番に住んでいたときに何度か来た場所だと手紙に書いてあった。
大事な話があるから聞いて欲しい、とも。





店内の照明は抑えられていて客の顔もぼんやりとしか見えない。けれど自分の父親を見分けられないはずもない。グルリと見回してもパパの姿は無かった。

ほっと安堵の溜め息を付いて、やはりまだ心の準備ができていないことを思い知る。



店員に案内されている間に、店内の奥に少しステージのようになったところに置かれている楽器を目にして足を止めた。


「ピアノ…」


呟いてもう一度見れば、誰も弾いていないそれは、まるで奏者を待っているかのように柔らかい光のスポットライトに照らされて佇んでいる。

ライトの中でユラユラと埃が煙のように舞っていて、その中に、鍵盤を流れる細長く白い指をぼんやりと思い出していた。
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