悩める男北崎賢人23歳。



いかん。これは緊急事態だ。

どうする、衛を呼ぶか?いやまて早合点は駄目だ。

衛にベタ惚れであるはずのうさぎさんがそんなことをするはずがない。そうだ。絶対にそんなはずが―――




美奈子との待ち合わせ場所に向かうために歩いていた若者が賑わう街の中。そうそう他ではお目に掛かれない金色の長い髪のお団子頭の彼女の後姿が見えて、声を掛けようかどうか逡巡していた矢先。
彼女が話しかけている隣の男の姿を見て瞠目した。

予想していた長身の黒髪ではなく、低くはないが彼程ではない身長の薄茶色の髪の、何かスポーツでもしているのか少しだけ日に焼けた健康そうな。要するに見たことも無い男だったからだ。
親密そうであることはこちらから見ているだけでも空気で分かる。

彼らはとある店の前で立ち止まり、中に入るのを渋っている様子の男の腕を彼女はぐいっと掴んで嬉しそうな笑顔で何か語りかける。そんな彼女に顔を真っ赤にしたその男は抵抗するのをやめたようにそのままずるずると引かれて店に入っていった。



その店は人気のジュエリーショップだった。ついこの前美奈子も騒いでいて軽くリサーチしていたため俺も知っていた。

こういう場所に若い男女が入るのは大体はカップルだと相場が決まっている。うさぎさんがいくら誰にでも優しく接することのできる女性だからだと言って、あれだけ親しげに腕を引いて衛以外の男と入っていくだろうか。
否。だとすれば、あの男との関係は…

そうこう考えているうちに店内でアクセサリーを悩む彼らの様子がガラス越しに見えて。色々と差し出してみる男にうさぎさんは真剣に悩んで首を振り、やがてある一つのものを見せたとき。まるで衛に見せる時のような笑顔で頷き、それにほっとしたように男も柔らかな笑みを浮かべてそのアクセサリーを見つめていた。




いかん。やはりこれは緊急事態だ。






「何してるの賢人。」

「美奈子…っ」

緊急事態に輪を掛けて危険な人物の登場に柄にもなく声を上げる。

恋人である彼女をこんな風に思うのは正直いかがなものだが、今うさぎさんの様子を見て平静ではいられるはずがないだろうし、更に面倒なことになりそうなことが目に見えているのだから仕方が無い。

「待ち合わせよりも先に会えるとか、なかなかないわよね!ラッキー!なんて、ね♪」

しかしそんな思いに反して、嬉しそうに微笑む恋人につい顔が綻ぶ。

「あ!もしかしてこのお店に入るの!?もー賢人ってば、聞いてないようでちゃんと私の話聞いてるんだからー!このスケベ!」

「だから、どうしてそうなる。大体、お前の話はいつもちゃんと聞いてる。」

ドンと肩に平手打ちを食らって言われた訳の分からない言葉に溜め息を付く。

そうだ、和んでいる場合ではない。とにかくこの場は今は離れなければ。

「この店はまた今度にしよう。行こうか美奈子。」

肩を抱いて密着させ隠れるように去ろうとすると。

「や、ちょっと!いきなりくっつかないでよっ!!」

真っ赤になって離れようともがく美奈子。普段ならそれも可愛いと思うのだが、今は非常事態だ。

「ほら。今日は何でもお前の好きなもの食わせてやるから。」

「ホント!?やっだーどうしたの賢人が優しー♪♪」

「いいからさくさく歩け。」

「わーかったわよっ」

速やかに去ることに成功しそうだと胸を撫で下ろしたその瞬間。

「あれー?美奈P!賢人さんも。」

会計をしているかと思われたうさぎさんの声が確かに俺達の背中に向けられているのを聞いてぴたりと動きが止まった。

ぎくっとした美奈子は俺の腕から勢いよく離れて真っ赤な顔のまま不自然に大きな声でうさぎさんに答える。俺はすぐには振り返られなかったが、うさぎさんの余りにも普通の態度に訝しく思いながらゆっくりと後ろに向き直った。



丁度その時うさぎさんと一緒にいた男が店から出てきて反射的に身構える。

「あ、どうも。」

「どもども~♪ちょっと見ないうちにまた背、伸びたんじゃない?」

…は?

美奈子に会釈し、彼女もそう切り返す様子に呆然とする。

「ははっ毎晩ミシミシ関節が痛いっすよー。」

「もー背もでっかくなったら益々可愛げがなくなっちゃって。」

「るせっ」

うさぎさんとその男の会話にも付いていけずに固まっていると美奈子がつついてきた。

「どしたの賢人、変な顔して。あ!紹介してなかったね。この仏頂面のジジくさいの、北崎賢人。一応彼氏。ついでに、衛さんの昔っからの友人よ♪」

一応って何だ。とにかく今の紹介をついでのくだり以外は全て突っ込みたかったのだが、目の前の見覚えのある人懐っこい笑顔を浮かべる男から目が離せず黙り込む。

「初めまして、このバカ姉貴の弟の月野進悟っす!てか美奈子さんの彼氏もイケメンですね!衛さんもだけどさ。亜美さんやまことさんの彼氏も見たけどみーんなイケメンだし。あ、レイさんはまだ見たことないけど…五人揃ったらすごそうっすね!!」

黙る俺に自分の発言に何か非があったと思ったのか青年は「って、初対面なのにすみません。」と謝り出した。

「あー気にしないで、怒ってないの。こーゆー顔なのこの人は。」

青年に対してのみの美奈子のフォローに肩の力が逆に抜ける。

「そうっすか!」

姉と同じように人見知りも物怖じもしない青年は笑顔を向けてくる。

そこで初めて微笑み返すと、「かっけー!」と若干頬まで染めて言われ対処に困った。

「じゃ、進悟、ちゃんと灯ちゃんにさっきのプレゼントするのよ!?せっかくうさぎお姉さまが一緒に選んであげたんだから。」

「うさぎに言われなくても渡すよ!てか、美奈子さんたちの前ででかい声でそういうこと言うなよな!」

「なになに~?進悟くんたらカノジョできたの!?」

真っ赤になっている青年にその質問は、始めから答えが明白で。

そこで今まで一連の流れが全て理解でき、自分の早計に反省し、多大なる疲労に長い溜め息を吐いた。

衛、安心しろ。お前の恋人はやはりお前のことしか見ていない。



「ところで賢人さん、姉貴、大丈夫っすかね?」

いつの間に近くまで来た青年が囁き声で話しかけてくる。

「何がだ?」

「姉貴、あの通りぼんやりだし、衛さん相当かっこいいから、その…」

姉を心配するようなその表情に、さっきは逆のことを君に疑っていたのだが。と心の中で思い小さく笑った。

「心配ない。衛のお姉さんへの気持ちは未来永劫揺るがん。」

「みらいえーごー…ゆるがん」

確固たる自信でもって放った俺の言葉を繰り返すと、青年はぽかんと口を開けてから嬉しそうに声を上げて笑いだす。

「ありがとうございます!美奈子さん、彼氏さん面白いっすね!!」

「でしょ?って、何言ったの賢人!私も聞きたいんですけど!」





その後。うさぎさんたちと別れてから、うさぎさんの弟を浮気相手と勘違いしたことまでいつの間にか美奈子のペースに乗せられて白状させられ大笑いされた挙句、衛にもばらされそうになったのを適切な手段を持って止めさせたのは、余りにも己が愚かしく思われるので割愛する。


とにかく、俺は面白くなどない。断じてだ。







おわり
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