僕らはまだ知らない




~南澤晃の場合~






今日は朝から図書館へ行き、レポートの資料に使えそうな文献を片っ端から読み漁っていた。


一、二時間経った頃だろうか。正面の席にドサリと植物系の資料集を置いて座る人物に目線を上げれば、見掛けによらずインテリな晃がいた。

焦げ茶色の細いフレームの眼鏡はオフの時にしか掛けていないもので、俺も今まで数回しか見たことがなかったが、それよりも目立つものがそのすぐ下にあった。

「晃、その頬…またか?」

思わず挨拶よりも先に聞いてしまう。南澤の右頬は見て分かるほど腫れていて、口許には絆創膏が貼られている。

「そ。俺、まことに愛されてるから♪」

ニッコリと嬉しそうに笑いながら答える南澤に脱力して頭を抱えた。

「晃、ちゃんと周りにいた女の子たちのこと突き放したか?」

南澤は明るく会話も面白く、おまけに頭もいい。

だから彼が通う大学でも男女問わずに人気があって、粗野に見えても女の子には優しいからやたらとモテるようだ。

要領の良さも俺達の中では一番で、敵も少ない博愛主義者。

そんな南澤が腫れていない方の頬をポリボリ掻きながらなぜか少し照れた様子で語り出した。

「ん~…いや、だってさ、大学で毎日会うから距離を置くことなんて出来ねえじゃん。」

「晃…!」

「それに他の女の子はただの友達で、愛してるのはまことだけだ。…そう言ってるのに、な~んでまことは分かってくれねえのかなあ。」

聞いているうちに、悪気はなく他の異性の事を語る自分の彼女と重なり、溜め息を付く。

「俺はまこちゃんの気持ち分かるよ。」

「え!なんで衛が分かるんだよ。ダメだぜまことは渡さねーよ!?」

司書の大きめな咳払いで南澤はハッとなる。

俺は視線を本に戻して冷たい口調で話す。

「声でかい。しかも的外れ。馬鹿か?」

「…衛。お前基本的に俺等にはシビアだけど、特に俺に冷たくねえか?」

「そうかな。」

「絶対そうだ!衛が優しいのなんてうさぎちゃんに対してだけじゃねえか!」

「…そうかもな。」

「…って、あれ…?」

視線を南澤に戻すも、理解しそうでしきれていないこの男に念を押した。

「じゃあ、まこちゃんが他の男…例えば、ゲーセンの古幡とかいう奴の事を楽しげに話されたらどうなんだよこの馬鹿。」

冷たい視線のままでそう聞くと、対照的にカッと顔を赤くして南澤は身を乗り出した。

「すっげ腹立つ。妬く。めちゃめちゃ妬く!つーか馬鹿言うなよ!」

変わらない大声に少々呆れる。

「声がでかいって。ほらな?それと同じだよ。ただでさえ高校と大学で別の場所にいて不安なのに、その大学の女の子のことを話されたら面白いわけないだろ?しかもお前はそんな性格だし。」

誰とでもすぐに仲良くなれて優しい笑顔を臆面無くさらけ出すから…。

不安で仕方なくなるんだよ。


そういう気持ちを、まこちゃんは殴ることで伝えているのだろう。

まこちゃんも俺と同じで不器用だな。まあ、さすがに俺は殴ったりはしないけど。



そう思っていたのだが。




「そうか…分かったぞ。やっぱりまことは俺のことが好きで好きでしょうがねえんだな!!何だよも~!可愛い女だぜまことは!!」

目を輝かせて目出度い事を言う南澤に俺はにっこりと微笑んで席を立つ。

「表に出ようか晃。」

「へ!?あ、悪ぃ!うるさいから?」

静かに首を振って拳を温める。

「俺も、殴りたくなったから。」







その後、図書館前で何とも間抜けな悲鳴が上がったのは別の話。


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