体育祭に行った彼氏VSチアガール彼女



「おっじゃましまーす!」

美奈子は賢人にドアを開かれた瞬間清々しい明るい声でそう言って入ってきた。しかし賢人には一瞬たりとも目を合わせずにそのまま靴を脱ぎ中に進んでリビングへ。

「いやー勝った勝った!うちのクラス優勝したわよ!ちなみにチアもパフォーマンス部門で応援団に勝ったし!!我が体育祭いっぺんの悔い無しよっ」

あー打ち上げ行きたかったなー。と零しながらもソファーに腰掛ける。

「美奈子」

「あ!悪いんだけど、シャワー貸してくれない?もー汗掻いちゃって!」

賢人がソファーの後ろに立った気配を感じた彼女はそう言って立ち上がる。明らかに落ち着かないその態度は賢人が見なくても変だと思うことだろう。

「美奈子」

立ち上がったまま動かない恋人に賢人は背後から肩に手を置く。

「さわんないで。」

ビクッと体を揺らした美奈子は震えた低い声でそれを拒む。

「どーせお説教するつもりなんでしょ!?聞かなくても分かる。分かってる。賢人、怒ってるんでしょ?バカだと思った?お客さんに笑顔振り撒いてちゃらちゃら踊るのはバカらしいって呆れたんでしょ?分かってるから。だからお説教なんていらない!」

賢人は美奈子に思わぬ先手を打たれてすぐに言葉を返せなかった。

その沈黙に耐えられなかったのか美奈子は床に置いた荷物を無言で掴んで「やっぱ帰る。」と玄関に向かおうと踵を返す。それでも賢人のことは一切見ずに。

しかし横切ろうとした時に腕を強く引かれて立ち止まらざるを得なくなった。

「何よ。どうしても文句言わなきゃ気がすまないって訳?」

溢れ出す感情、せり上がる涙。それを止められずに美奈子はそれでも強気な言葉は崩さない。そうでもしないと自分を保てなかった。

対する賢人は、自分のさっきの態度が恋人を傷付けたのだということを精神の糸がいつもよりも格段に細く揺れている彼女を目の前にして確信する。

確かにあの姿を大勢の前で晒して踊る姿はどうしたって面白くないという感情に支配されていたのは事実だった。しかし、バカにしたとか彼女の行事に対する熱意や努力を全て否定したとかそう言うわけでは断じてないのだ。
小難しく理屈を並べることはいくらでもできるだろうが、この場合。いたってシンプルな感情の名が付くことを、賢人も知らないわけではなかった。


『嫉妬』


あの笑顔、あの姿を大勢に惜しみなく見せて、そしてそれを見た人間全てに嫉妬したのだ。


それを伝えたいとも思うが、今は冷静には受け止められないだろう彼女の様子に賢人はふと体の力を抜き、しかし目には熱を持って彼女のことをゆっくりと確かな力で抱き締めた。

「美奈子」

「離してよっ!!」

「駄目だ帰るな。…ここにいろ。」

「…っ」

胸に響く低い声は、美奈子が想像していたよりもずっと優しく温かくて。宥めるように撫でられる背中の手は言葉よりも雄弁に愛おしさを語っているようで。

そんな賢人をずるいと思いながらも自分はやっぱりこうされたかったんだと少しの悔しさを交えながらも認める美奈子は涙を流し背に手を回す。

「あんたなんか…っも…ばかっ…!!」

いつもの決まり文句が彼女の口から零れると賢人は苦笑する。

「その言葉、今は甘んじて受け入れよう。」

どこか親に叱られた子どものような表情が一瞬覗いて。それを見た美奈子は笑う。漸く見れた彼女の本当の笑顔に、賢人は己では全く意識していなかったが普段では考えられないほどの柔らかな笑みを浮かべていた。

そして自然に二人の唇が重なる。




「たまには一緒に風呂に入るか。」

「へ!?」

唇が触れそうな距離で放たれた賢人の言葉に絶句する。

「俺の本音はまだ伝え切れていないからな。お前のいらぬ誤解をすぐにでも解きたい。この場合、余計なものを剥ぎ取った方が俺達は素直に物を言い合えるだろう?」

さも当然とばかりに大真面目な顔をして風呂を誘ってくる彼に美奈子はいまいちどんな表情、言葉を返せばいいのか分からない。とりあえず真っ赤である。『たまには』と彼は言ったが一緒に入ったことなど今まで一度も無い。

「で、でも…っ」

「大丈夫だ、もう風呂は沸いている。」

「そ、そんな心配はしてないわよ!!」

これ以上言い合っても埒が明かないと思った賢人はふうっと溜め息をついた後。ひょいと美奈子を横抱きにしてぎゃーぎゃー言う彼女の反論を全て無視し、颯爽と風呂場のほうへと向かっていった。





おわり
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