体育祭に行った彼氏VSチアガール彼女
まことを見つけた晃は、背後からその腕を掴んで振り向かせる。
「ちょっと来い。」
「…っな…!晃、お前、来るなって言ったじゃん!!」
「いいから!来い!!」
困惑し怒りの表情まで見せ始めたまことに有無を言わせない雰囲気で言う晃。そんな彼を見るのはほぼ初めてだった彼女は黙りその腕を引かれていった。
彼は基本、女の子には誰にでも優しく、声を荒げたりすることなど皆無に等しい。恋人であるまことに対してはその最たるもので。口喧嘩をしても彼女の逃げ場がなくなるほどの追い討ちは掛けないし、彼女が攻撃を仕掛けてきても受けるばかりで決してやり返すことなど無かった。
しかし今の彼の気迫は、瓦を何枚でも割ってしまいそうなほどの勢いであり。まことはそこまでチアガールをやらなかった自分に腹を立てているのかと怒りを通り越して不安にすらなっていていた。
校舎に入ると階段を足を緩めることなく駆け上がり、「ちょっと晃!どこまで行くんだよ!」とまことが声を掛けるも前を行く彼は答えない。
そして屋上の扉をばんっと大きな音を立てて開けるとそのままフェンスのところまでまことを引いて背を付けさせて彼女を囲うように両手をフェンスに掛けた。
「まこと。俺、怒ってるんだぞ。」
「そ、そんなにチアが良かったのかよ…!」
「違う。」
「じゃあ何!?」
まことの問いに答えず、晃はそのまま顔を近づけていく。初めからフェミニストの仮面を脱ぎ去って男の表情で迫る恋人に彼女は事態に付いていけず、胸に両手をやって思い切り突き放した。
「ちょっと、やだ晃。今日のお前…変だよっ」
「いーや、変じゃない。普通だ。恋人があんな格好をして黙っていられる奴なんて男じゃないぜ。そんな男がいたらタマ付いてんのかよって言ってやりたいね。」
「…なっ」
晃のあけすけな発言に呆れながらも赤くなるまことを気にすることも無く彼はもう一度距離を詰めて片手をフェンスにかしゃんと掛け、もう片方の手で彼女の頬を包む。
「いいかまこと。お前は女の子なんだ。」
「あき「どんなに男よりも体力があって怪力で勇ましくても、女の子なんだぞ。」
そっと優しく、壊れ物を扱うかのような繊細な手つきでまことの頬を撫でる彼の表情は切ない瞳を揺らしていた。
ここまで自分のことを女の子扱いしてくれる男は晃において他にない。彼女は真っ赤になりながら言葉が見つからなくて、そんな晃の瞳を見つめ返していた。
しかし学ランの襟元に手を掛けられてびくっと体を強張らせて怯えたように声を漏らす。けれど素肌を触られるのではと思った展開とは逆に、彼はそのボタンを一番上からしっかりと留めていった。
「もう一回言う。まことは女の子だ。男みたいに軽々しく服を脱ぐなんて絶対ダメだ。サラシ巻いてたってダメだ。」
「そ…んなの…」
彼女が言葉を返そうとしているのを見た晃はまだ自分の思いが伝わりきれてないのかと焦れて一瞬で彼女の体をきつく抱き締めた。
「晃…っ」
「頼むから、やめてくれ。」
聞いたことの無いような真剣で必死な声。抱き締める力。そこにどうしよもなく『男』を感じて。まことは彼の言葉や行動に翻弄される。しかし少しでも自分を分かって欲しくて、背中にきゅっとしがみ付きながら言った。
「で、でも私、応援団にはずっと憧れてて…」
「応援団をやめろって言ってるんじゃない。これを脱いで応援するのをやめろって言ってるんだ。」
「…っ」
「もっと自分を大事にして欲しいんだよ。お前自身のためにも…俺のためにも。
まことは…俺の大事な女なんだから。」
「あ、きら…」
耳もとから聞こえる言葉に胸がきゅうっと締め付けられる。彼がどんな顔をしてそれを言っているのか強く抱きしめられていて見ることが出来なかったけれど、その声に篭った熱が余りにも頭の中を蕩けさせるから体中の力が抜けていった。
彼の力も少し緩んで。真っ赤な顔のまま恋人を見上げると、優しく見つめる彼の瞳とぶつかった。さっきの怒れるオーラが無くなって、ただ愛しい恋人を見つめるその表情は、対するまことを恋する女の表情にすっかりと変化させていく。
「分かったか?」
「……うん。」
彼が頬を撫でる手にそっと手を重ねる。
そしてどちらからともなく、唇を重ねて。
そんな二人の甘くて深い応酬は、彼女の出場種目の招集放送が掛かるまで止むことがなかった。