体育祭に行った彼氏VSチアガール彼女
人気の無い校舎裏。亜美はなるべく人目に付かないようにそのルートを選んで体操着に着替えるために移動していたのだが。そんな彼女に忍び寄る影があった。
背後から肩を掴まれて目に見えるほどビクッと体を揺らした亜美は次の言葉に戦慄にも似た思いを抱く。
「ちょっと、何似合わないことしてんのよ。」
答えられない。振り返ることが出来ない。それが誰なのか怖いほどよく知る人物であり。そしてその質問は言われなくても自分が一番よく分かっているものだったから。
「亜美。3秒以内にこっち向かなかったらさっきのオタクみたいなあなたのファン達を放送掛けて呼び出すわよ。」
「…―――っっ!!」
振り返った亜美はその人物を真っ赤な顔をしながら睨む。
「どうしてここにいるんですか!!」
「どうして私を呼ばなかったのよ。」
「…!質問の答えになってません!!」
「あなたの恋人だから。恋人があなたの学校行事に来ちゃいけない?」
威圧感に押されて亜美は一歩一歩後ずさる。それを要は一歩一歩と追い詰める。
とうとう壁に背を付けた状態になってしまった亜美は持っていたポンポンで顔を隠し俯いて答えた。
「こ、恋人でも…恋人だから来て欲しくなかったのに…!!」
こんな似合わない姿を見せたくなかった。チアガールなんて不似合いなことをしているのを見られて、嫌われるんじゃないかと怖かったから。
やるからには責任を果たすために妥協はしないと誓った亜美だが、それを恋人に見られていたことを知って、今は後悔と恐怖、羞恥しかなかった。
「随分酷いこと言うんだな。亜美?」
久し振りに聞く、彼の男としての低い声。そして両脇を囲われた気配に亜美はポンポンを降ろして前を見た。
「何してんだよ。彼氏にも見せたことないこんな格好で。」
亜美はまたしても答えられなかった。それは目の前の男から明らかな劣情を感じたから。こんな要は知らない。
いつも飄々として自分を翻弄して、きつい冗談や皮肉を飛ばし、余裕な表情で何事もかわしていたはずなのに。
戸惑う彼女。要はその亜美の肢体を隠し切れない熱を持った目で見る。そして小さく息を吐き出してから彼女の顎を掴んだ。
「胸出しすぎ。スカート短すぎ。足出しすぎ。信じらんない。バカ?」
低く掠れた声で早口で捲くし立てる。
「あの…私…自分でも派手なことは似合わないって思っています。でも、やるからには最後まできちんとやるべきだと決めたから…そしてやるならいつでも完璧を目指したいんです。」
「…亜美らしいね。」
恋人の変貌に泣き出しそうになりながらも亜美は懸命に思いを伝える。
そんな彼女の両脇に更に距離を密着させるように肘も付けると、切れ長の目をぐっと細くして見つめた。
「十番高校の秀才、水野亜美のチアの演技は完璧だった。そこは褒めてあげるよ。けど、西園寺要の恋人としての水野亜美は、その格好で舞台に出た時点で……落第だ。」
「落第……」
普段テストでは満点しか取らない亜美にとって落第というその言葉はとてつもなく重い響きを持っていた。
しかしそんな傲慢にも聞こえる言葉を吐いた要もどこか傷ついたような表情をしていて、亜美はそのことが何よりも自身の心に影を落とすのを感じる。同時にこんなときだが要の自分に対する強い想いも感じて胸が早鐘のように鳴っていた。
要はもう一度息を吐き、暴れ出しそうな欲求から逃れるために亜美から視線を外すと壁から腕を離す。
そして半ば放心状態でいる亜美に自身の着ていたシャツを無言で羽織らせると、どこで調達してきたのか肩に掛けて持っていた彼女の荷物を手渡し踵を返した。
「次の演技は、体操着ですることね。」
「西園寺さん…!」
日傘を差し、振り返った要はいつもの調子を取り戻したようにふっと口端を上げた。
「責任を果たして最後までやり遂げることには賛成。ただしその衣装以外でね。私も男だから、さっさと着替えないといつあなたを襲うか分からないわよ?」
冗談めかしているけれど本気の目だ。亜美はそれをまともに受けて真っ赤になって固まった。それでも彼から羽織らされたシャツをしっかりと握り締めて。
自分のシャツを身に付けさせたことで独占欲と優越感が僅かではあるが満たされた要は微笑し、去っていった。