体育祭に行った彼氏VSチアガール彼女


20人余りのチアガールの衣装に身を包んだ女生徒たちが掛け声を発しながら列になる。
すると生徒達の歓声は中央にいる三人に集中していた。

「月野ーー!転ぶなよー!」

「愛野サイコー!!」

「水野さーーん!!」

その大熱狂に真ん中にいる美奈子はVサインをしてウインクをして見せた。

拍手が巻き起こり、演技が始まると会場中の視線がその四肢に注がれる。

膝上20センチ程の丈のスカートからすらりと伸びた白い足、そして胸元のVラインが予想以上に開いている袖の無いピタリとしたトップから伸びる腕。

更には、スポーツビキニのようなトップの下からはお腹までを白日に晒していたのである。

予想外の露出の多さに、賢人は一体どこで衣装を調達したのかと自分の恋人の大胆な選択に頭を抱え、要は海以外では見たことのない亜美の姿に絶句し、衛の表情は無くなった。


そんな男達を置き去りに、男子生徒たちの熱気は体育祭も序盤だというのに早くもピークに達しようとしていた。(因みに晃も前に出てうさぎたちに声援を飛ばしている。)

「やべー月野超かわいくね?」

「俺も思った!!」

ある男子生徒たちのその言葉に脳内エスケープしていた衛の頭が覚醒する。

確かにうさぎは可愛かった。美奈子も眩しいほどに生き生きと輝いていたのだが、うさぎがポンポンを振って一生懸命音楽に合わせて動く様は、あの衣装の効果もあり普段の二割、いや三割り増しに可愛かった。

しかも彼女はスタイルもいい。それを余り知らなかった男子生徒たちが騒ぐのも無理からぬ話だったようだ。同様のことは亜美についても言えて、隠れファン達は彼女の変身振りに大熱狂していた。



「普段運動音痴なのに頑張ってるのがまた健気でいいよな!」

「しかも黒!アンダースコートって分かっててもあれはやべえよ!」

続いていた衛の近くにいた彼らの会話。
衛は気付いたらその声の持ち主の胸倉を無言で掴んでいた。

「は…?お、おい!何だよお前!!」

私服でサングラスを掛けていたためか、衛が以前保健医実習に来ていた大学生だということに気付かなかったようだ。

「衛?!やめておけ!相手は一般人だぞ!」

衛も今では充分に一般人なのだが。キレた彼がどうなるのか大昔から知っていた賢人は素早く仲裁に入る。

衛は無言のまま相手を見据え、サングラスの奥から射落とされるかのような目で見られたその男子生徒は固まり、声を発することすら忘れてしまったようだった。

静止すること数秒。尚も黙ったまま衛は掴んでいた手を勢いよく離すと、男子生徒はその反動で尻餅を付く。しかしその様子を一瞥もすることなく、衛は去っていった。

演技の途中であったが、彼はそのまま一度頭を冷やすために校舎のほうへと向かう。そして人気の無い渡り廊下の柱に寄りかかると深呼吸のような溜め息を吐いた。

思い切り拳を振り上げると、行き場の無い苛立ちをその柵に叩き付ける。

「……ったく…!うさのやつ、何考えてんだ…っ」

分かっている。うさぎはあの衣装で頑張る姿をただ純粋に自分に見せたかっただけなのだと。だからうさぎを責めるのは間違い。そう、思うけれど。
確かに衛自身、今さっき見たうさぎの眩しい姿が目に焼きついて離れないでいる。だがこんなにも大勢の男達の前で見ても、やはり恋人としては嬉しいはずが無かったのだ。

他の女生徒たちも美少女ぞろいだったのだが、どう考えても自分の彼女への声援が一番多かった。

どうして彼女はあんなにも無防備なのだろう。あんな風に自分の恋人が他の男にそういう目で見られて耐えられるわけがない。それにさっきの男子生徒が言っていた通り、アンダースコートと分かってはいても下着にしか見えないそれは、白を基調とした衣装と対照的な黒で目を引かざるを得なくて。

あんなに可憐で魅惑的な姿は自分だけが見たかった。他のやつらになど見せたくなかった。

賢人が来なければ一発殴っていたかもしれない。いや、それでなくても頭の中では既に相手の男子生徒を殴っていた。そんな己の考えに身震いするが止められない。


堰を切ったように収まらない感情。衛をそんな激流に飲み込んでしまうほど、うさぎのあの姿は魅力に溢れていたのだ。




そうやって、一人になり考えれば考えるほど冷静になどなれるわけがなく。渦巻き沸いてくる黒い感情を衛は自覚する。

「やばいな……このままじゃ…」

サングラスを外して顔を覆う。

このままではまた彼女に酷いことをしてしまいそうで。彼はその場から離れることができずにいた。
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