僕らはまだ知らない






~北崎賢人の場合~







大学で午前の講義が終わると、俺は学食へと向かっていた。

「衛!」

背後から聞き慣れた声に呼ばれて振り返る。

「賢人。」

そこには右手を軽く振って静かに微笑む北崎がいた。

彼はこの春KO大学の法学部に編入して医学部とそう離れない校舎で学生生活を過ごしていた。


「一緒に昼飯食べないか?衛一人じゃちゃんと栄養あるものを食べているのか不安だからな。」

ウインクしながら爽やかにのたまう友人に俺は苦笑を浮かべるしか無かった。


俺は仮にも医者志望だぞ賢人…。







学食の窓際の向い合わせの席を確保し、昼食を摂る。
その間にも衛のメニューは野菜が少ないだの塩分の摂りすぎはよくないだの相変わらずの世話を焼いてくる北崎。そんな彼に辟易していた俺はなんとか流れを変えるために彼女の話題を振ってみることにした。


「最近美奈とは会ってるのか?」

「ああ会ったよ一ヶ月前に。」

「一ヶ月!?」

とりあえず聞いただけのはずだったのに北崎の返事に驚いてしまう。

俺だって研究が忙しい時にはうさに会えないこともあるけれど、せいぜい2週間といったところだ。
それでも最後はかなり俺も限界に近い。それをこの男は一ヶ月だって…?




「言いたいことは色々あるが…とりあえず賢人、一ヶ月前を最近とは言わないぞ?」

「そうか?」

「そうだ!」

「でも会えばちゃんとすることはしているから心配するな。」

そこで余裕でそう発言する北崎にまたしても大声を上げてしまう。

それでもまるで意に介さない北崎の態度を見て何やら自分が虚しくなった。

「賢人、そんなに会わないでいて美奈が文句言ったりしないのか?」

「どうして?」

「あの短気な美奈が何も言わないはずないだろ!?」

すると北崎は思い出したかのようにポケットから携帯電話を取り出して操作し始める。

「あー確かに。通話の着信とメールの受信は殆ど彼女からのものだ。」

「ほらな?お前ちゃんと美奈に返事はしてるのか?」

「編入後は忙しくてなかなか…まあ、10回に1回は返してるな。」

「おい!」

「?」

なんでこの男はこうマイペースなんだ?

俺がこんなに人の恋路にあれこれ言うのは柄じゃないのに。恋愛に関して自分よりも遥かにマイペースな北崎に自分のこと以上に焦ってしまう。

「じゃあ今は!?今は忙しくないだろ!」

「衛との昼食中だ。忙しくない訳がないだろう。」

おい。それ美奈の前で言ってみろ。俺はきっと殺される。ああ確実に。


「それより衛。」

北崎のありがたくも迷惑な言葉に放心していたが、彼はなぜだか不機嫌な眼差しを送り低い声で話し始めたから視線を合わせた。

「さっきから美奈子のことを美奈、美奈って…。犬か猫じゃあるまいし、人の彼女をそんな風に呼ぶのはやめてくれないか?」

「賢人…お前なあ…」

俺の体が小刻みに震えているのを見た北崎は咄嗟に身構える。


「そんな理由で俺に妬く暇があるんだったらさっさと"美奈子さん"と会おうな?分かったか?分かったよな?」

胸ぐらを掴みながら絶対零度の微笑みを送りそう言うと、途端に北崎の顔は青ざめる。「落ち着け衛」とか言っているがもう気にしない。

隙を与えずにメールを打つように指示するとそのままその場で美奈との約束を取り付けさせた。





ああ疲れた…うさに会いたい…。笑った顔が見たい。



その後、俺はそんな気持ちを抱えながら北崎と別れると学食を後にしたのだった。


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