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「何を騒いでいるんだ。」
「お…王子!不審な者を捕えまして。今ジェダイト様に報告に行くところです。」
「不審な者だと…?」
「王子、こんな時間に出歩かれるのは…警護も付けずに危険かと…」
「何か言ったか?」
「あ、いえっ」
城の外を、誰にも邪魔されずに彼女のことを思いながら歩きたかったのに。それを憚られたことで護衛を刺す様に睨めば頭を下げて目を逸らしてきた。
護衛二人が捕えたという者を特に興味も無く視界に入れると、その人物はケープで頭をすっぽりと隠して、長い裾は装いまでを完全に包んでいた。
「俺がここを通ったことは他言無用だ。いいな?」
「はい…っ」
「分かったなら行け。」
その言葉に二人は捕えたものを足早に連れて俺を横切る。
その瞬間。
有り得ない香りが鼻を掠めて弾かれたように振り向いた。
それは、頭の中で何度も何度も思い出した「彼女」の香り。
香りには記憶が宿る。彼女をいつも思い出す時。それは常に頭の中で蘇るこの香りと共にあった。
間違えるはずの無い、ただ一つの。
「待て。」
「は…っ?」
「その者をここに置いていけ。」
「王子…!?」
突然のその命に二人は立ち尽くして瞠目する。しかし俺は顔色一つ変えずに話を続けた。
「その者は俺が直々に処罰する。」
「いや…、ですが!王子御自らそのようなことをして頂く訳には…っ」
「これは俺の命令だ。このことは俺からジェダイトに伝える。お前達は今起きたことは無かったこととし、門前の警護に戻れ。」
「しょ…承知いたしました。」
「仰せのままに。」
二人は逡巡の後そう言い拝すると、捕えていた手を離して去っていく。
「………」
俺の前に立ったまま何も話さないその人物へ、気持ちに反してゆっくりと近付く。
顔を隠すケープに手を掛け、それもゆっくりと外していく。相手はなされるがままで微動だにしない。
ほら。やっぱり君だ。
月の光を一杯に浴びて銀色のその髪は淡く煌く。白い肌、薄紅の頬、三日月の印。そして香り。
何もかもが変わらない「彼女」がそこにいた。
ただ一点を除いて。
それは彼女の空色の瞳。そこには以前には無かった深い影が落とされていた。そして少女のあどけなさが消えて強い意思を宿している。
だがそれを俺は無視した。
だって彼女が再び俺の目の前にいる。
どんな理由で俺のところに現れたにしろ、今ここに彼女がいるということがただ一つの現実なんだ。
こんなにうれしいことはない。
うれしくてうれしくて、彼女の頬を撫でる。額に触れる。髪を撫でる。だがどうしてだろう。彼女の温もりに漸く触れることが出来たというのに、その肌は余りにも冷たい。
もっと強く強く温もりを求めて何も言わない彼女を加減もせずに抱き締める。
冷たい
冷たいつめたいつめたい
どうして?
君が離れてしまったのはその距離じゃなくて、君の―――
違う。ちがうちがう
違うよね?セレニティ。
だって今君は俺の腕の中に納まって呼吸してる。生きてる。
君はこれからずっと俺と一緒なんだから。
だから君はここにいるんだ。
「やっと俺のところに『戻ってきて』くれたんだね?セレニティ。」
月の影まで抱き締めて、俺は一生の恋人を外の世界から閉じ込めた。
