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「エンディミオン…」
私は、地球に降りて大好きなあの人と会う度に集めていた様々な花を押し花にして貼っていた小さな本を眺めて彼の名前を口にしていた。
そこにあるのは小さな名も無い花ばかり。けれどそれら一つ一つには彼との大切な時間の記憶が宿っていて。私は一人の時はずっとそれを眺めていた。
こうして会わなくなって、もうどれくらい経ったのかしら。あなたと会っているときはあんなに時が経つのが早く感じていたのに、今の私には毎日の時の流れがまるで永遠のように思える。
私にはもう、こんな風に時間にただ身を任すような余裕など、本当は無いのに―――
お母様が倒れた。
それは、いつものように私がエンディミオンに会うためにゲートへと足を運んでいるときだった。
お母様とは離れていたのに、私の胸の中は言いようの無い不安が広がって。まるで第六感に導かれるようにその足は母の自室へと向かっていった。
『セレニティ…』
『お母様!!』
私が駆けつけると、母の侍女たちが動転した様子でベッドへと運び終わった所で、母は顔も見ずに私が来たことを悟って苦しげに呼びかけてきた。
『少し…時期が早まったみたいね。でもこれは前からあなたにも伝えていたことだから、心を乱さず静かに聞いて頂戴…?』
『…っおかあさま…っ』
母は侍女たちを退室させて泣き伏せる私の頭を幼い頃のように優しく優しく撫でていた。
『大丈夫。まだ死なないわ。あなたに幻の銀水晶を継承するまでは死なない。私はそういう風にできているの…』
『お母様の命を犠牲にして幻の銀水晶を受け継ぐなんて…っそんなの…っ私にはやっぱり…っ』
『セレニティ、よく聞いて?これはシルバー・ミレニアムの先代たちが皆等しく行ってきたこと。あなたも、覚悟だけは当の昔から出来ていたはずよね?
でも、あなたがそうして迷っているうちは安心して託せない…。揺るがない強い心を持たなくては、あの聖石はあなたのことも飲み込んでしまう。迷いを全て捨て去ることが出来るまで…待ってます。だから…彼にもちゃんとお別れをしてきて…?』
『え…っ』
『私が…知らないとでも思いましたか?私は幻の銀水晶を操るこの国の女王。そして、あなたのただ一人の母なのですよ?王位継承者でも、娘でもあるあなたのことは誰よりも知っています…』
母はそう言って、切なそうに笑う。
掟を破っていたことも、エンディミオンと恋仲になってしまっていたことも全て。お母様は気付いていらっしゃったんだ。
どれだけ責められても、どれだけ罰せられても足りないはず。そう、思ったのに、母はただこうして辛そうに微笑むだけだった。
『あなたは…本当に昔の私にそっくりね。だから分かる。あなたにとってどれほど残酷なことを言っているかということは。でも、彼とこれ以上関係を続けることが出来ないことは…本当はあなた自身が一番良く分かっているはずよね?』
遠い記憶を辿っているかのように瞳を揺らした母に、もしかしたら母も私と同じ苦しみを味わったのかもしれないと。語られなくても直感がそう告げてきた。
だからこそ、母の言葉を受け流すことなどもうできなくて…
私は流れ落ちる涙をぐっと拭うと、母の手を握ってただ一度頷いた。
心の中がバラバラになっていくような感覚に、知らず体が震えていても。目だけはしっかりと、弱々しく微笑むただ一人の家族を映して。
