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月の王国。シルバー・ミレニアムから青い星地球が一番よく見えるバルコニーに、主であるプリンセスはガラス玉のような目でそれを眺めていた。
好奇心旺盛で、地球を愛し、その国の王子を愛し、掟を破ってずっと私達の手を煩わせてばかりいたプリンセス。
そんな彼女が、こうして彼との関係を断ち切ってずっとパレスの中にいてくださることは、私達が願っていたものだったはずなのに。
「ヴィーナス?もう次の公務の時間だったかしら?」
私の気配に気付いて微笑みながら言うプリンセスに何も答えられなくなる。
彼女は笑う。以前と同じように。けれど、そこにかつてのような真っ白で柔らかい月の光のような温かなものが、悲しいくらいに消えてしまっているのが分かる。
もう私達は、プリンセスの本当の笑顔を見ることが叶わないのかもしれない。
私は何も答えないまま、プリンセスに近付く。そしてそっと、その折れてしまいそうな繊細な体を抱き締めた。
「ヴィー?」
小さいときと同じように私のことを愛称で呼ぶプリンセス。
泣いてはダメ。プリンセスが泣かないのに、私が泣いてはダメ。
その華奢な体、繊細な心に固く決めた信念を持ったプリンセスはあの日から泣かないと決めたのに、私が泣いたら、ダメよ。
あの日。私がプリンセスの代わりに最後に地球に降りたときに同じような絶望感を味わった――――
贈り物を持った私がゲートで地球に辿り着くと、そこには春の日差しのように暖かな笑顔を浮かべた王子が待っていた。私と一緒にいるはずのプリンセスをずっと待っていたというその顔。
その笑顔を見たら、これから伝えねばならない事がとても残酷に思えて。その後は王子のことを直視出来なくなった。
私へ挨拶をすると、『セレニティは?』と予想通りのことを尋ねられる。
『プリンセスは、もう地球へは参りません。』
『………え……?』
彼のことを見ると、その表情は凍りついたように動かなくなっていた。
『これを貴方様へお渡しするよう預かってきました。』
私自身も中身を知らないそれを王子に手渡す。
それをゆっくりとした動きで受け取る彼の目は、やはりガラス玉のように何も映していないようだった。
そして王子は私に最後に言ったのだ。
『また明日も明後日もその次の日も、次の日も。ずっと待ってると伝えてくれ。だって、これのお礼をセレニティにちゃんと言わなくちゃ駄目だろう?死ぬまで待ってる。いや死んでもずっと。ずっとずっと待ってるからと。そう、伝えてくれ。』
どこか壊れてしまったかのような微笑みながらのその言葉。彼の内から滲む狂気に初めて晒された私の顔は戦闘で苦戦しているときよりもおそらくきっと、青ざめていたと思う。プリンセスがもう地球へは来られない理由もしっかりと伝えたかったのに、言葉が続かなかった。
『王子、それは…っ』
漸く声を掛けたとき。もう王子は背を向けて、一切振り向かず馬を走らせ去っていった。
プリンセスには未だ伝えていない。
伝えられない。
彼のあの、強すぎる想いを。
