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眠る彼女。幾筋もできた涙の痕。
それを消すように唇をそっと這わせる。すると「ん…っ」と声を漏らして眉間に少しの皺を作った彼女は、眠りながら言葉を零した。
「ごめんなさい……エンディミオン……」
いいよ、セレニティ。許してあげる。君がここに居続けてくれるなら何も怒ったりなんかしないよ。こうやっていくらでも抱き締めてあげるし、俺の愛を注ぎ続けてあげる。
手枷を解くとくっきりと痕が付いていた。
良かった。君がここにいるのは夢じゃないんだね。
俺は嬉しくて手首に付いた赤い線に幾つも唇を落としてく。
愛しい君
死ぬまで 離さない
最愛の人を漸く取り戻すことができた俺は、彼女をその腕にきつく抱き締めて瞳を閉じる。
しかし誰も来ないと思われたこの部屋の扉を叩く音がして、真っ暗な瞳を細く開けた。
殆んど脱いでいなかった服を整えて真っ直ぐに扉へ向かう。そして何も言わずに開けば、予想通りの腹心の部下が青ざめた顔をして立っていた。
「クンツァイト、心配掛けたな。俺はもう大丈夫だ。」
「は…?マスターそれは一体…」
ずっと見せなかった笑顔で言う俺に、クンツァイトは言葉が見つからないのか目を見開き固まっている。
「どうしてここへ?」
そう尋ねると、彼は冷静さを取り戻したのか一度息を飲んでから口を開いた。
「マスター、本当のことを仰って下さい。ここにセレニティ様がいらっしゃるのではありませんか?」
「何を馬鹿な事を言っている。彼女は月の住人だ。こんなところにいるわけが無いだろう。ここは、俺が一人になりたいときの為に自分で用意していた部屋だ。だからいくら四天王リーダーのお前でもこの部屋に入れるわけにはいかないぞ。」
「嘘を付くのはおやめください。ご自分が何をなさっているのか分かっているのですか?」
「どうして嘘だと?」
「それは…今の貴方が昨日までと明らかに違うからです。そこまで貴方に影響を与えるのはセレニティ様に他なりません。」
訪れる沈黙。交じり合う視線。
ここまで俺のことを見破り言い切るとは、彼は本当に優秀な臣下だ。
「お前は本当に俺のことをよく見ているのだな。」
「では、やはり…」
「だがそれが本当のことだとして何だというのだ。寧ろ、この国にとってずっと有益な出来事だと思うのだが。」
「マスター!」
「そうだろう?彼女がいてくれるなら、俺はもう金輪際今までのような悪政はやめよう。彼女が俺に心の安寧をくれるのだから。
だが、その彼女をまた俺の手から引き離すと言うなら、今度こそ俺は己の命すら絶つかもしれない。」
「マスター!!」
両肩を掴まれて今までに無いような強い調子でクンツァイトに呼ばれる。
しかし俺も今まで以上に鋭い眼光でそんな臣下を見て口を開いた。
「俺は本気だ。お前達がどんな手を使ってきても、俺はもう彼女を離さない。
俺はもう何も信じない!そうだ神すらも。だから神の定めた掟も、俺にはもう関係のないことだ。彼女を俺の生涯の伴侶にする。誰に反論されようともねじ伏せる。」
「何ということを仰るのですか…!?月の王国はどうなるのです!次期王位継承者を無くしては誰があの国を支えていくのです。そして…っプリンセスを信頼し仕えてきた彼女たちはどうなるのですか!」
クンツァイトの言葉に微笑する。黙ってこちらを見つめて緩んだ彼の手を肩から離すと、俺は言葉を返した。
「ほら、それがお前の本音だろ?結局はお前もヴィーナスが心配なんだ。だったら俺の気持ちが分かるはずだ。愛する人を傍らに置きたいという気持ちが。」
「違うっ!それでは誰も幸せになれない…!!」
「幸せだ。何を言っている。俺とセレニティはこの上なく幸せなんだ。」
「マスター!!」
どれほど互いに引かずに睨み合っていただろうか。
背後に気配を感じて振り向くと、セレニティがケープを羽織りふらつきながら立って俺達のことを見ていた。
「いるわ。私、ここに、いるわ。だからもう二人で争うのはやめて…」
「セレニティ様!?なりません!!」
「いいの。エンディミオンの言う通りにして…?」
「何故あなたは…!?」
「もう、私のせいで誰かが傷付くのは…嫌なの…」
涙を流してそこまで言った彼女は消耗しきっていたはずの体力もついに底を尽きて崩れ落ちる。俺はそんな彼女が倒れる寸前に抱き支えた。
再び気を失ってしまった愛しい人の額をそっと撫でてもう一度クンツァイトを見据える。
「分かっただろ。セレニティも俺と共にいることを望んでいるんだ。もう、お前にも止める権利などない。出て行け。」
「マスター」
「出て行け!!」
「分かりました今宵はこれで下がります。ですが、明日もまた話をゆっくりとさせて頂きますので。」
俺が反論する隙も与えずに彼は冷静に頭まで下げてそう言い扉を閉めた。
それをしばらく見つめた後、腕の中の彼女に微笑みかけた。
「君の前で言い争いなんてしてしまってごめんね。大丈夫だよ。ずっとずっと君を、守っていくからね。」
唇を重ねると、どうしてだろう。その体温はさっきよりもずっと冷たかった。
「そんな格好で歩くからだよ。温かくして眠ろうね。」
抱き上げてベッドに横たえて毛布を掛けようとした時。彼女の右手にはしっかりと何かが握られていた。
「これは……」
俺はそれを手に取り、ページをめくる。
そこには、見覚えのあるもの、そうでないものの沢山の小さな花々が丁寧に押し花にされて貼られていて。しかし俺の目を捉えたのは、その横に綴られたたくさんの月の言葉で記された彼女の文字だった。
「………え……?」
月についての知識は、彼女のことをもっと深く知りたい一心であらゆることを吸収していた。だから、彼女の国の文字もある程度のものはその時に習得している。
「セレニティ…」
文字を追えば追うほどに俺の心は暗く沈んでいくのに、同時に光に照らされるような。言い様の無い感情を持たせていった。
そこには彼女の真実の言葉たちが並んでいた。
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