10 月の神話

今日は…赤いドレスを着ていたかしら…?

セレニティは視界に広がる色を見つめ、茫然とそんなことを思っていた。

しかし、彼を支えていた手に、ヌルリとした感触を覚えてそちらに目を向ける。

プリンセスの両手には、エンディミオンの体から流れる血で真っ赤に染められていた。
途端に現実に引き戻された彼女は王子の名前を何度も叫ぶ。


「エンディミオン…!エンディミオン!!」


エンディミオンはその悲鳴にも似た声に僅かに瞳を開けて彼女を視界に捉える。


「セレ…ニティ」


声を発した途端にむせて赤いものが口から流れ落ちる。

そしてゆっくりと腕を彼女の顔に伸ばして頬をひと撫でして微笑んだ。

彼女の表情はもう確かめることすらできなかったけれど、無事であるということが彼を安堵させた。

頬を撫でたときに涙が手に付き、分かってはいても悲しませてしまったことが辛かった。


それでも



愛する人が傷付いてしまうことが分かっているのに庇わないでいられるはずが無かったのだ。




ごめん…セレニティ…。
俺は君の花のように可憐で、月のように美しい笑顔が大好きだったのに…。


君の全てを愛していたのに…


俺といることで、悲しませてばかりいたね…。

最後まで…君を泣かせて…。



「ご…めん…君の…笑顔…大好きだった…よ…」


「いや…いやあ置いていかないで!いっちゃいや…いかないで…!!エンディミオン!!」

どうして?


どうして…目を開けて!!

私のことを大好きなその蒼い瞳で映して欲しいのに


お願い私を一人にしないで…!!






朦朧とする意識の中、セレニティの声は最早彼の耳には届いていなかった。

王女の膝の上でエンディミオンは永遠の安息の地へと旅立つ。

その表情には微笑みすら残して。



「エンディミ…オン?エンディミオン!!!いやあああああ!!」








あの日、いつものように四天王たちから逃れて森の中で辿り着いた小さな空き家。

赦されないと想いながらも抗うことのできない熱情を持って初めて結ばれたあの夜――――


『指輪は贈れないけれど、君への愛をここに誓うよ。』

エンディミオンはプリンセスの白く細い薬指に優しいキスを落とした。


『俺は君だけを、ずっと愛し続ける。』

例えこの身が無くなっても、君への愛は無くならない。

王子はそう思っていた。瞳には涙を浮かべて―――



『幸せ過ぎて…怖いわ…。』

王子の言葉に胸を一杯にさせながらも、自分たちに敷かれた運命を考えると涙が溢れて止まらなかった。



けれど2人は確かに




確かに幸せだったのだ。







「エンディミオン…待っていて…今いくから…。」


セレニティは静かにそう告げると、彼の腰に付けられた剣の鞘をためらわずに握り取る。





「セレニティ!?何をするの!?」

メタリアの力を封印しようとするクイーンが、視界の隅に映る可愛い我が子の痛々しい姿を目の当たりにして叫ぶ。



「お母様…ごめんなさい。」


生きる意味



生きていく場所



全てを失ってしまった。




彼のいない世界なんて…私にはどうあっても耐えられないんです…。




ガラス玉のような光の宿らない王女の瞳から涙が後から後から溢れ出る。



「愛してるわ…エンディミオン…」


セレニティは胸に一気に剣を貫いた。

最後の言葉を呟いた時には微かにその瞳に光を灯して…。


そしてゆっくりと倒れ込むと、地球の王子に折り重なり、その血と血とで彼等は皮肉にも一つになったかのように見えた。





こうして、禁じられた愛により、強く強く結ばれていた2人は、その互いを愛する気持ちだけを残して若く瑞々しい命を落としていったのであった。

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