8 願い


第八話
『願い』





皆が再び目を開けた時には、既にベリルは力無く冷たい地面に横たわっていた。

「ベリル!」

ジェダイトが叫び、駆け寄ろうとするが、そばにいたマーズが両腕を抑えて必死に止める。

「放してくれマーズ!!」

「駄目!!」

マーズは制した。
近付いたら瞬時に消される…!
それほどの殺気をメタリアから感じ取っていたからだ。


『愚かなベリルよ。そやつらの口車にいとも容易くはめられおって!!』

そう言うともう一度黒い雷を落とす。

ベリルは再び絶叫を上げる。

『使えぬ者は消えるがよい。』

そして地球の魔導師はピクリとも動かなくなった――――


光が宿らない彼女の瞳は虚空を眺め、最期に何か呟く。


―エンディミオン―


確かにそう言ったのではないだろうか。


その一瞬、彼のことを思ったからか、口の端を僅かに上げる。
そして、ゆっくりと閉ざされた瞳は、そのまま二度と開かれることはなかった。







「ベリルーー!!」

「おのれー!」

四天王はその時を封切りに次々と必殺技を繰り広げる。
その表情は壮絶で、ヴィーナスたちは彼らにとってベリルという存在がどれほど大きかったかということを改めて知った。

そして彼女たちも傷付いた体に鞭打ちながらも最期の攻撃を仕掛けていった――――






―エンディミオン―

不意に呼ばれた気がして王子は振り向く。

「…ベリル…?」

しかし、その声の持ち主の存在がどこにも感じられなくなった。
まるで命の灯火が消えてしまったかのように。

エンディミオンとセレニティは祈りの塔に程近い、暫くは死角になれるであろう場所に身を潜めていた。


「エンディミオン?どうかしたの?」

手をきつく握り合っていた王女が心配そうに訊ねる。


「胸騒ぎがする…。もう、何もかもが手遅れではないのか…。」


「例え、そうだとしても…私はあなたと最後まで一緒にいるわ。」

覚悟を決めた瞳。プリンセスはしっかりとそう言って、エンディミオンの手の甲にキスを落とす。

「私は…あなたの妻ですもの。」

僅かに頬を染めて笑う。辛いときこそ笑う。
それが自分にできる最後の役割――――
彼女はそう思っていた。



「セレニティ。」


そう言って静かに唇を合わす。

そして彼は声を押し殺して、だけどはっきりと話し始める。

「もし、俺が死んだら…」

「エンディミオン!」

「聞いて。最後まで…。もし、俺が死んだら、セレニティだけでも生きて欲しい。」

「何を…その時は私も一緒に…!!」

「ダメだ!君は生きろ。」

「エンディミオン…!!」

どうしてそんなに残酷なことを言うのか…。セレニティは途方に暮れる。

「いくらあなたの願いでも…それだけは聞けないわ。」

彼女の言葉に押し黙るエンディミオンはその胸にセレニティを抱く。

「お願いだ。」

セレニティは首を横に振り続ける。そして、王子の胸に手をそっと添えると小さな声で囁く。

「あなたの心臓が止まった時…私の心臓も止まるの。」

「セレニティ…」

「じゃあ、あなたも…私がもしも死んだら生きてくれるって約束してもいいのよね?」

「…それは…」

無理だった。


言葉が続かない彼に、そこに自分と同じ気持ちを見たセレニティは、そろりとエンディミオンの背中に手を回して抱き締める。



石のように動かずにただ愛しい人を抱き締める。

このまま本当に石になってしまえばいいのに…。そうすればずっとずっと一緒にいられる。

自分と相手の境目も見えなくなって、ずっと一つでいられるのに――――


悲劇の王子と王女はそう思いながら、もはや流すまいと思っていた雫を頬に一筋したたらせた―――――

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