第二話 『背中』
あれ?ここ、どこだっけ…?
あの赤いとんがった屋根の付いた?すべり台。見覚えがあるような気がする。
「きょうはなにしてあそぶ?」
「んとね、おーじさまごっこー!」
「かしこまりました。おひめさま?」
誰かにくすくす笑われて手を引かれた気がした。
一緒に乗った背中はいつもとても温かかった。
今度は楽しくて胸がぽかぽかする、夢。
夢……??
『ピピピピピピ!!』
っ!!遅刻だーーーー!!!
「もう!ママ!!なあんで起こしてくれなかったのよ!!」
階段を転がり落ちるように降りてリビングにいるママに叫ぶ。
「何度も起こしたわよ。あなたももう子供じゃないんだから自分で起きなさい!」
「だってー…!!」
昨日はあの人のことが腹が立つやら気になるやらでなかなか眠れなかった。そこへ今朝の何だかとっても気分のいいい夢。またなんの夢だったか忘れちゃったけど。
でもだからってっ!こんなに寝過ごしちゃうなんてーっ!!学期中に三回遅刻したらペナルティなのに!!!
銀河学園は一応進学校で私立。その辺は結構厳しい。だから朝弱い私も今まで苦労しながらも頑張って早く起きていたのに。あの人のせいでその努力が水の泡だわ!!
私はダイニングテーブルに置いてあるお弁当だけ引っ掴むと「いってきまあすっ!!」と半べそを掻きながら家を出て行った。
いつもより二本遅いバスに乗ったから当然ひーちゃんたちも美奈子ちゃんもいない。
なんとかギリギリセーフで間に合うかな…
走ってきて整わない呼吸を必死に落ち着かせながら腕時計を見る。だけどこんなときによりにもよって…
「乗客の皆様にお知らせします。只今この先事故の影響で道路が大変混み合っております。申し訳ありませんがそのまましばらくお待ちください。」
運転手さんの無慈悲なアナウンスが流れるのだった。
途端にざわつく車内。私も思わず「嘘でしょ!?」と叫んでしまう。
あと一駅で学園前だ。どうしよう。このまま待つ…?それとも…
えーいっ!!
「運転手さん!降ります!!ここで降ろしてください!!」
降車ボタンを押して運転手さんにそう言って、開かれた降車ドアから勢いよく降りてまたしても猛ダッシュ。
つ、つらい…っ
「もー…っサイアクだあああっ!」
そんな時。不意に私の横をすり抜けていく自転車。
いいなあ自転車。あれですいすい行けたらどんなに……
なんて思っていたらブレーキの音に目を見開く。そして持ち主が振り返ってきて更に驚いた。
「とろい奴だな。遅刻するぞ。」
「あー!昨日のっ!!」
それはまさに私の寝坊の原因、図書室のあの人だった。
それにしても人のことを変とかとろいとかいちいち意地悪なんだから!
「乗せてやろうか?」
「はい?」
「このままそのとろい足で走ってたら遅刻決定だ。」
「…って、昨日は俺のことなんかほっとけみたいなこと言ってたじゃないですか!」
「ああ、それもそうだな。必要ないならいーよ。じゃあな。」
「わああーっ待ってよ!!」
袖を思わず掴んで縋るとメーワクそうな顔で見てくる。優しいんだか性格悪いんだか全然わかんなくて。でもこのままじゃ遅刻は免れなくて。だったら言うことは一つしかない。
「何だよ。どうしたい訳。」
「乗せて!!……く、ださい。」
「ん。」
意外とすんなり促されて拍子抜けだったけど、背に腹は…だったから構わず後ろの荷台に腰掛ける。乗ってから気付く。男の人と二人乗りなんて初めてだ。だけど、なんだろう…この感じ。どこかで…
ぼんやりそんなことを思って目の前の広い背中をじっと見つめていたら不意に振り向かれて心臓が跳ね上がった。
「掴まれ。そのままじゃどん臭そうだからすぐに落ちるぞ。」
「あ、あなたねえ!さっきから女の子に向かってっ、きゃ…っ!!」
よく分からないざわざわした気持ちが引っ込んで、彼に掴まりながらいよいよ文句をぶちまけようとしたら断りも無く走らせ始めて悲鳴を上げる。
景色が一気に後ろに飛ばされていく。
うそ、自転車ってこんなに速かったっけ!?
この人見かけによらずスピード狂なんじゃ!?
若干青くなってるとこの先に学園に続く長い下り坂が見えてきてますます顔面はそーはくになる。
この後の展開が怖すぎて最早白目だ。
「もっとしっかり掴まっとけ!」
「うぇっ!?って、ぎゃああああああああっ!!!!!」
神様。私もう寝坊なんて二度としません。
朝の始業五分前の学園前で無様な私の断末魔が響き渡った。