第一話 『私の幼馴染』
「つ…い、たーっ」
「あ、あなた大丈夫?」
返却テーブルにいた図書委員の先輩が、息も荒く汗だくで目を回している私に驚いて声を掛けてくれるけれど、まともに返事も出来ない。
「あなた中等部の子?ちょっと休んでいきなさいよ。」
「…り、がとござ…ます」
図書室の横並びになっているいくつかの大きな机の一角の椅子に促されて、そのままくてんと机に頭を預けた。
そこは窓際で、ちょうど気持ちのいい風がさわさわと頬を撫ぜていく。汗も引いてきて徐々に息も落ち着いて、このまままどろんで眠ってしまいそうだ。
まさかこの後、本格的に寝てしまうだなんて。自分の寝付きの良さがおそろしい。
ぱら、ぱらと本を時折めくる音が向かいの席から風の音に混ざって聞こえてきて目を開ける。
体を起こして伸びをしながら盛大な欠伸を一つ。
けれど向かいに座っているらしい人物の、小さく吹きだしたような笑いに完全に目が覚めた。
「…でかい口。」
「…っ!!」
そう言った彼は依然目線は本に落とされたままで。恥ずかしくって黙り込んだ私は、でもそんな彼をまじまじと見つめて今度は別の意味で声を出せなくなった。
窓からそそぐ柔らかな日差しにその黒髪はさらと揺れて。縁無しの眼鏡の活字に注がれる瞳は綺麗な蒼色。すっと通った鼻筋に意志の強そうな口元。
頬杖を付いた手は大きいのにその指は長くてどこか繊細で。
「綺麗……」
「…は?」
思わず口をついて出てしまった言葉に目の前の彼は眉間に皺を寄せて私を見た。
あっ眉の形も素敵なのにもったいない。
ああでもやっぱり、この人の瞳。こうしてちゃんと正面から見ると本当に綺麗だ。
そんなことを思っていたら私は自然と微笑んでいたようで。ますます彼は困った表情になっていた。でも最後にはまた小さく吹きだしてめがねを外した。その微笑に目も逸らせずなんだか今初めて心臓が動き出したかのような感じたことの無い感覚に囚われて、一度起きたはずなのにどういうわけかまた頭の中がぼうっとしてくる。なに、これ。
「変なやつだな。お前、中等部の生徒だろ?」
「あ!はい!!…あっ」
図書室で大きな声を出してしまって辺りを見渡す。でもおかしい。いくら図書室とはいえあまりに静かだ。
「今は五限の授業中だからな、誰もいない。」
そうやって平然と答えるけれど、ただでさえ授業に付いていくのがやっとの私は、無断欠席してしまったという事態に真っ青になり途端に現実に引き戻され立ち上がる。
「ど、どうしようっ」
あの図書のお姉さんも起こしてくれたらよかったのに!!
「落ち着け。あれだけ気持ち良さそうに眠っておいて。本当に変な奴だな。」
「へ、変変言わないで下さいっ!というかあなたは!?授業は!?」
「サボり。」
また視線を本に戻してさらりと言ってのける彼を見て思う。
あなたも充分変です!!!あと、その眼鏡は伊達ですか!!??
「戻りましょう!テストだって近いのに…!」
「いい。俺頭が痛いことになってるから。それに当日満点取るから問題ない。」
「はあー!?嫌味ですか!」
「別に。真実だけど。」
「じゃあなんですか。勉強が出来すぎちゃうから授業なんて出なくていいってことですか!こんな風に図書室でのんびり本なんて読めちゃうくらいよゆーってことですか!!」
「…お前、初対面なのに随分言ってくれるな。」
「だって!私はそのお勉強にすんごい苦労してんのに!!腹が立っちゃって!!」
「ふーん?それはお気の毒様。だったらそんな喚いてないで早く教室戻れ。」
「だめ!あなたも戻るんです!」
そう言ったら急に彼を包む雰囲気ががらりと変わって私のことを睨むように見てきた。
「ほっとけよ、俺のことなんて。」
何よ、そんな怖い顔しなくたって……
むすっとしたままの彼はそれから一言も喋らない。言外に出て行けと言われている様で。胸の中が今まで無いくらいぎゅっと痛んだ私は、それでも掛ける言葉が見つからなくてそのまま何も言えずにドアへと向かう。
ピリッとした冷たい沈黙。
廊下に出る直前。不意に彼のいる方へ目を向けると、今度は胸の奥がつんと苦しくなった。
だって
彼のその横顔が余りにも寂しそうに、見えてしまったから。
つづく