番外編 『レモンと蜂蜜』
図書室に着くと、予想通りだが図書委員が週末の返却作業をしている以外誰もいなかった。俺は海外文学の棚に行き適当に数冊引っ張り出すと所定の位置で読む事にする。
腕時計を見ると15時を15分と少し過ぎたところ。中等部は終礼が終わってすぐだからまだ来ないだろうと思いながら表紙をめくったら、図書室の引き戸が音を立てて開いた。
「まもちゃん!!」
「う、うさ?」
ちょっとした剣幕に驚きつつ、人差し指を立てて静かにするよう促す。けれど早々に仕事を片付けた図書委員はうさと入れ違いに出ていくところだったから、実質図書室には俺たち以外誰もいない。
うさは俺の顔を見るなり何か言いたげに口を動かすも、みるみるうちに瞳に透明の膜を張ってぷるぷる震え始めた。
「どうした?」
ただならぬ様子に立ち上がってそばに行くと、今度は俯いてしまい顔が見えなくなる。
「うさ、何があった」
彼女の両頬を包んで上向かせてはっとなる。紅潮した頬に一雫零れ落ちる涙。空色の瞳は潤んで俺を映していて、心臓を波立たせる。泣いているのに物凄く可愛くて、いけないとは思いつつ見惚れてしまっていた。
その瞬間、うさは俺の胸の中に飛び込んでくる。
「やだ、まもちゃん……まもちゃんは、誰にもあげない……! あたしのなんだもん……!」
え、いや、何言って、え? えーと、うさちゃん……とりあえず可愛すぎだからやめて欲しい
脳内が処理落ちし、ろくな思考ができず、心臓ばかりがうるさく鳴り響く。しかし丁度その時廊下から話し声がして図書室の扉を開けようとする気配を感じた。
「うさ、こっち」
俺は彼女の手を取ると、いつだって人気のない社会科学の棚の前へ移動する。
「まもちゃ……」
再び素早く人差し指で静かにするよう促すと、涙も引っ込んだ彼女が小さくこくこく頷いた。
「あーやっぱ誰もいないわ」
「カウンターに置いとけばいいじゃん。早く部活行こうぜ」
引き戸が開く音がすると、会話の内容からしてどうやら二人組の男子生徒が入ってきたようだ。腕の中の彼女から、声を出さないようにドキドキしているのが手に取る様に伝わってくる。
別に隠れなくてもよかったんだ。ただ、誰かに恋人の泣き顔を見せられないと思っただけ。やましさなんて何もない。やましさなんて……
そんな風に思っているくせに、俺の腕は恋人を抱き締める力を徐々に強めていった。
「まもちゃん……?」
腕の中で小さくなっている彼女から囁かれて胸の奥がくすぐったくなる。堪らず見下ろせば、俺の事をじっと見つめる愛しい彼女と目が合った。
「おーいまだかよ、お前どんだけ借りたんだよ」
「うるせ! お前と違って読書家なんだよ俺は」
男子生徒たちの会話が耳を通り過ぎる。
俺とうさは、誰にも気付かれないその場所で唇を重ねていた。
腕時計を見ると15時を15分と少し過ぎたところ。中等部は終礼が終わってすぐだからまだ来ないだろうと思いながら表紙をめくったら、図書室の引き戸が音を立てて開いた。
「まもちゃん!!」
「う、うさ?」
ちょっとした剣幕に驚きつつ、人差し指を立てて静かにするよう促す。けれど早々に仕事を片付けた図書委員はうさと入れ違いに出ていくところだったから、実質図書室には俺たち以外誰もいない。
うさは俺の顔を見るなり何か言いたげに口を動かすも、みるみるうちに瞳に透明の膜を張ってぷるぷる震え始めた。
「どうした?」
ただならぬ様子に立ち上がってそばに行くと、今度は俯いてしまい顔が見えなくなる。
「うさ、何があった」
彼女の両頬を包んで上向かせてはっとなる。紅潮した頬に一雫零れ落ちる涙。空色の瞳は潤んで俺を映していて、心臓を波立たせる。泣いているのに物凄く可愛くて、いけないとは思いつつ見惚れてしまっていた。
その瞬間、うさは俺の胸の中に飛び込んでくる。
「やだ、まもちゃん……まもちゃんは、誰にもあげない……! あたしのなんだもん……!」
え、いや、何言って、え? えーと、うさちゃん……とりあえず可愛すぎだからやめて欲しい
脳内が処理落ちし、ろくな思考ができず、心臓ばかりがうるさく鳴り響く。しかし丁度その時廊下から話し声がして図書室の扉を開けようとする気配を感じた。
「うさ、こっち」
俺は彼女の手を取ると、いつだって人気のない社会科学の棚の前へ移動する。
「まもちゃ……」
再び素早く人差し指で静かにするよう促すと、涙も引っ込んだ彼女が小さくこくこく頷いた。
「あーやっぱ誰もいないわ」
「カウンターに置いとけばいいじゃん。早く部活行こうぜ」
引き戸が開く音がすると、会話の内容からしてどうやら二人組の男子生徒が入ってきたようだ。腕の中の彼女から、声を出さないようにドキドキしているのが手に取る様に伝わってくる。
別に隠れなくてもよかったんだ。ただ、誰かに恋人の泣き顔を見せられないと思っただけ。やましさなんて何もない。やましさなんて……
そんな風に思っているくせに、俺の腕は恋人を抱き締める力を徐々に強めていった。
「まもちゃん……?」
腕の中で小さくなっている彼女から囁かれて胸の奥がくすぐったくなる。堪らず見下ろせば、俺の事をじっと見つめる愛しい彼女と目が合った。
「おーいまだかよ、お前どんだけ借りたんだよ」
「うるせ! お前と違って読書家なんだよ俺は」
男子生徒たちの会話が耳を通り過ぎる。
俺とうさは、誰にも気付かれないその場所で唇を重ねていた。