番外編 『レモンと蜂蜜』

 毎週水曜日に、うさは教室まで来て弁当を一緒に食べようと誘いに来てくれる。俺はそれを心待ちにしていたし、笑顔でひょっこり現れるその姿にいつだって胸を鳴らせていた。
 けれど、ある時クラスメイトに「水曜日に来るお団子頭の中等部の子、地場の妹か何か?」と聞かれた。
「何で?」
 普通に聞き返したつもりだったが、声に少し不機嫌さが混ざってしまう。
「めちゃくちゃ可愛いから、ちょっと紹介とかしてくれたらな~、なんて」
「何で」
 今度はあからさまに不機嫌に答える。すると彼の隣にいた男子がばかだなお前! と肩を強めに叩いて制した。
「あの子が来る時の地場の顔見て分かんねえの? あのお団子頭の可愛い子は地場の彼女だよ! か、の、じょ!」
 な? とこちらを向いて聞いてくる。隣のクラスメイトは眉を下げて若干目を潤ませていた。俺はそんな二人を黙って見つめ、少ししてからそーだよとうなずいた。何となくその時静まり返った教室が一気にざわついた気がした。天王からは高く響く口笛が一節奏でられ、海王からは色々なものを含まれた笑みを送られる。
 けれど、そんな事を気にしてなどはいられない。先日俺の決意をぶつけたとは言え、黒月兄弟といううさの事が大好きな(ファンクラブ)会長と腹心のような存在がいるのだ。
 
 これ以上うさちゃんを好きな男が増えたら困る。

「あの子は昔から俺にとって大事な女の子なんだ」
 最近身に付いた自然な笑顔を浮かべてクラスメイトに語りかけた。
「へ、へえ……」
「だから……そういう紹介は、絶対にしない」
「わ、わ、分かったって! 地場、急に黒王子に戻るのやめろよな! し、心臓に悪い……!」
 黒王子、か。俺がそういう風に陰で呼ばれていた事を知らなかった訳じゃない。王子って何だよ、中身のことなんて何も知らないくせに。そんな風に前は思っていたけど、うさと再会してよく分かった。
 他者を極端にまで遠ざけてた臆病な俺が、誰かに分かってもらえるなんて到底無理な話なのだと。そういう次元で生きていた俺の事を引っ張り上げてくれた彼女には、愛おしさとは別に、両手で抱えきれないほどの感謝をしている。

『まもちゃんは臆病な訳じゃないよ、優しいだけなんだよ』
 そう言ってくれた彼女。あの時の気持ちをどう表現したらいいだろう。
 他人の優しさを見つけられる人こそ、真に優しい人間だと俺は思う。だから俺は、そんな彼女の相応しい男になりたい。そして彼女の笑顔をずっとそばで見守っていきたい。離れていた分の隙間を埋めて、その先も、ずっと。そう思った。
 自分でさえ知らなかった俺の事をどんどん見つけ出してくれる彼女は、最早、人生において切り離すことができないかけがえのない存在なんだ。

 今日は金曜日。図書室でいつもよりもずっと早く彼女に会えると思った俺は、気付かないうちにその足取りが速くなっていった。
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