第八話 『それぞれの明日』
「ここに来るのは日本に冷たくなった両親と帰国して、葬儀が終わった後以来だな 」
抜けるような青空の下、二人で墓前に焼香をして花を生けてからふと呟いた。すると隣のうさは泣きそうな顔をして俺の手を握ってくれる。温かくて柔らかくて安心する、あの頃と何も変わらない彼女の手。ここに一緒に来るまでは、アメリカであった事を彼女に話すべきか迷っていた。聞いても楽しいものでもないし、もしかしたら俺のことを嫌悪さえするかもしれない。けれど彼女の事を愛しているからこそ知っていて欲しい。そう思った。エゴかもしれない。けれど彼女にはこれからもいつだって本当の自分を見て欲しいし、彼女もそうであって欲しいと願っているから。
「薄情な息子だよな。でも、怖かったんだ。ここに来るのは。両親に責められるんじゃないかって、怯えてた 」
「どうして?まもちゃんのパパとママはとっても優しい人だったよ。もう、ちょっとしか覚えてないけど、まもちゃんの事を責めたりなんて絶対しないよ 」
「そうだよな。だけどずっと、見ないように、思い出さないように……してたから 」
小さく頷くうさに促されて俺は話した。
「あの日、12歳の夏の日。両親は俺の事を庇って銃で……撃たれて死んだ 」
急に辺りが無音になったように感じる。耳が痛い。けれど、うさは動揺しながらも俺の事を真剣な眼差しで見つめ続けてくれていた。
撃ったのは当時俺が仲良くしていた友達の父親だった。友達はいつも暴力を振るう父親に悩んでいた。彼の事は好きだったし放っておくことももちろん出来なくて、よく相談にも乗ったし、母さんも心配して家に泊めてあげたり、父さんも勉強を教えてくれたり、ご飯を一緒に食べたりしていたんだ。
そしたらある日急にその父親が家に押しかけてきた。
『息子を奪おうとしているな。お前ら俺の事をよってたかって悪者にしようって魂胆だろう。息子は渡さない!お前らがここから出て行け!!』
支離滅裂な罵詈雑言。離れていても臭うアルコール。
『暴力で息子の事を縛り付けるのは愛じゃない。ただの支配だ。僕たちはそれに屈しないし、今はその子の事をあなたから守らせてもらう 』
父さんはそう言って正面から立ち塞がったのだが、男は獣のような声を上げてものすごい剣幕で殴り付けてきた。
『父さん!! 』
俺の声にこちらを見た殴った男は拳銃を取り出す。その光景はどこか現実味がなくて、けれど身体は石のように動けなくなった。母さんが何か言いながら俺の事を引き寄せる。
『元はと言えばお前みたいな日本人のガキなんかと仲良くするからこんな事になるんだよ 』
『やめろ!!』
父さんの声。そこからはよく覚えていない。家のなかでいくつもの銃声が響いた後には、俺の事を庇うように倒れている両親がいた。友達が泣きながら助けを求めに行ったらしく、暴れ狂う男を駆け付けた警官達に取り押さえられるのをぼんやりと赤く染まる視界の中で見ていた。
「父さんと母さんが死んだのは、俺のせいだ。撃ったのはあの男だけど、俺がそもそも友達にならなければ、家に遊びに来させなければ、俺が、俺がいたからって……「まもちゃんっ! 」
泣きながら抱きついてくるうさの背にしがみつく。ごめんな、こんな話聞かせて。けれどごめん。俺は嬉しいんだ。拒絶ではない、全部を受け止めてくれた君。俺の心がどれだけ救われているのかうまく伝えられない自分がもどかしい。
「もう、大切な人を目の前で失うのが嫌になった。誰かと親しくして、その誰かが傷付いたりするくらいなら初めから誰とも関わらなければいい。そう思ったんだ 」
涙で滲む俺の肩口で嗚咽を漏らして首をぶんぶん振る彼女。抱きしめる力が強くなり苦しいくらいだった。
「まもちゃんは絶対絶対悪くなんかないもん。お友達だってまもちゃんと仲良くなれて嬉しかったはずだもん!!
まもちゃんのパパとママもまもちゃんの事が大好きで何よりも大切だからそうしたんだよ。だから絶対責めたりなんてしないし、恨んでもいないんだからあ! 」
「うん……ありがとう 」
「まもちゃ…… 」
「俺の事を見つけてくれてありがとう。俺がこうしてここに来られたのもうさのお陰だ。殻に閉じこもった俺に当たり前の幸せを思い出させてくれたのはうさだよ。
もう一度俺の事を好きになってくれてありがとう。これからは何があっても、俺がうさのことを守る。寂しい時は側にいる。辛い事があればずっと抱き締めたいし、楽しい時は一緒に笑いたい。うさがくれた沢山の幸せを俺も返していきたいんだ 」
俺の目を見るうさの瞳には涙がいっぱい浮かんでいてどんどん頬を濡らしていく。そして彼女の方から思い切りキスをされた。
二人の涙の分だけしょっぱかったけれど、今までのキスのどれよりも甘くて、熱くて、胸が焦げるほどの幸せとはこういう事を言うのだろうなと、思った。
父さん、母さん、あの時は俺はまだ子供で、二人のことを守る事ができなくてごめん
守ってくれて、ありがとう
ずっとここに来なくてごめん
心配、掛けたよな
ばあちゃんの事は心配しないで。俺がこの先もちゃんと見ていくから
この子は月野うさぎさん
俺の恋人です
覚えてるだろ?
そう
大きくなったら結婚しようって約束した大事な大事な、幼馴染の女の子だよ
二人が約束を果たして純白に身を包んで微笑み合うのは、数年後のある晴れた夏の日ーーー
おわり
2013.11〜2021.2
☆苦節7年半、漸く完結する事ができました。
最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。 みっこ
抜けるような青空の下、二人で墓前に焼香をして花を生けてからふと呟いた。すると隣のうさは泣きそうな顔をして俺の手を握ってくれる。温かくて柔らかくて安心する、あの頃と何も変わらない彼女の手。ここに一緒に来るまでは、アメリカであった事を彼女に話すべきか迷っていた。聞いても楽しいものでもないし、もしかしたら俺のことを嫌悪さえするかもしれない。けれど彼女の事を愛しているからこそ知っていて欲しい。そう思った。エゴかもしれない。けれど彼女にはこれからもいつだって本当の自分を見て欲しいし、彼女もそうであって欲しいと願っているから。
「薄情な息子だよな。でも、怖かったんだ。ここに来るのは。両親に責められるんじゃないかって、怯えてた 」
「どうして?まもちゃんのパパとママはとっても優しい人だったよ。もう、ちょっとしか覚えてないけど、まもちゃんの事を責めたりなんて絶対しないよ 」
「そうだよな。だけどずっと、見ないように、思い出さないように……してたから 」
小さく頷くうさに促されて俺は話した。
「あの日、12歳の夏の日。両親は俺の事を庇って銃で……撃たれて死んだ 」
急に辺りが無音になったように感じる。耳が痛い。けれど、うさは動揺しながらも俺の事を真剣な眼差しで見つめ続けてくれていた。
撃ったのは当時俺が仲良くしていた友達の父親だった。友達はいつも暴力を振るう父親に悩んでいた。彼の事は好きだったし放っておくことももちろん出来なくて、よく相談にも乗ったし、母さんも心配して家に泊めてあげたり、父さんも勉強を教えてくれたり、ご飯を一緒に食べたりしていたんだ。
そしたらある日急にその父親が家に押しかけてきた。
『息子を奪おうとしているな。お前ら俺の事をよってたかって悪者にしようって魂胆だろう。息子は渡さない!お前らがここから出て行け!!』
支離滅裂な罵詈雑言。離れていても臭うアルコール。
『暴力で息子の事を縛り付けるのは愛じゃない。ただの支配だ。僕たちはそれに屈しないし、今はその子の事をあなたから守らせてもらう 』
父さんはそう言って正面から立ち塞がったのだが、男は獣のような声を上げてものすごい剣幕で殴り付けてきた。
『父さん!! 』
俺の声にこちらを見た殴った男は拳銃を取り出す。その光景はどこか現実味がなくて、けれど身体は石のように動けなくなった。母さんが何か言いながら俺の事を引き寄せる。
『元はと言えばお前みたいな日本人のガキなんかと仲良くするからこんな事になるんだよ 』
『やめろ!!』
父さんの声。そこからはよく覚えていない。家のなかでいくつもの銃声が響いた後には、俺の事を庇うように倒れている両親がいた。友達が泣きながら助けを求めに行ったらしく、暴れ狂う男を駆け付けた警官達に取り押さえられるのをぼんやりと赤く染まる視界の中で見ていた。
「父さんと母さんが死んだのは、俺のせいだ。撃ったのはあの男だけど、俺がそもそも友達にならなければ、家に遊びに来させなければ、俺が、俺がいたからって……「まもちゃんっ! 」
泣きながら抱きついてくるうさの背にしがみつく。ごめんな、こんな話聞かせて。けれどごめん。俺は嬉しいんだ。拒絶ではない、全部を受け止めてくれた君。俺の心がどれだけ救われているのかうまく伝えられない自分がもどかしい。
「もう、大切な人を目の前で失うのが嫌になった。誰かと親しくして、その誰かが傷付いたりするくらいなら初めから誰とも関わらなければいい。そう思ったんだ 」
涙で滲む俺の肩口で嗚咽を漏らして首をぶんぶん振る彼女。抱きしめる力が強くなり苦しいくらいだった。
「まもちゃんは絶対絶対悪くなんかないもん。お友達だってまもちゃんと仲良くなれて嬉しかったはずだもん!!
まもちゃんのパパとママもまもちゃんの事が大好きで何よりも大切だからそうしたんだよ。だから絶対責めたりなんてしないし、恨んでもいないんだからあ! 」
「うん……ありがとう 」
「まもちゃ…… 」
「俺の事を見つけてくれてありがとう。俺がこうしてここに来られたのもうさのお陰だ。殻に閉じこもった俺に当たり前の幸せを思い出させてくれたのはうさだよ。
もう一度俺の事を好きになってくれてありがとう。これからは何があっても、俺がうさのことを守る。寂しい時は側にいる。辛い事があればずっと抱き締めたいし、楽しい時は一緒に笑いたい。うさがくれた沢山の幸せを俺も返していきたいんだ 」
俺の目を見るうさの瞳には涙がいっぱい浮かんでいてどんどん頬を濡らしていく。そして彼女の方から思い切りキスをされた。
二人の涙の分だけしょっぱかったけれど、今までのキスのどれよりも甘くて、熱くて、胸が焦げるほどの幸せとはこういう事を言うのだろうなと、思った。
父さん、母さん、あの時は俺はまだ子供で、二人のことを守る事ができなくてごめん
守ってくれて、ありがとう
ずっとここに来なくてごめん
心配、掛けたよな
ばあちゃんの事は心配しないで。俺がこの先もちゃんと見ていくから
この子は月野うさぎさん
俺の恋人です
覚えてるだろ?
そう
大きくなったら結婚しようって約束した大事な大事な、幼馴染の女の子だよ
二人が約束を果たして純白に身を包んで微笑み合うのは、数年後のある晴れた夏の日ーーー
おわり
2013.11〜2021.2
☆苦節7年半、漸く完結する事ができました。
最後まで読んで下さり本当にありがとうございました。 みっこ