第八話 『それぞれの明日』

陽が傾き始めた人気が全くない公園。
私たちは砂場や三角帽子の滑り台やバネの馬の乗り物を二人で見て回って思い出を辿っていった。
「私これに乗るの大好きだった気がする。」
「そうだな、よく二人で乗ってたよ。覚えてたんだ?」
「「おうじさまごっこ」」
まもちゃんと私の声が綺麗に重なって笑ってしまう。
「お姫様ごっこじゃないところが面白いよな。」
「だって、まもちゃん王子様みたいにかっこよかったんだもん!」
言ってからはっと口を手で覆うけどもう遅い。
「それは光栄ですね、お姫様。」
にやっと笑う目の前の彼は、憎らしいほどカッコ良かった。

その後は何となく目を合わせて話せなくなってしまった私。
二人でベンチに座ると、えいっと彼の腕に頬をぴったりくっつけて腕を絡めた。
私はこのヒトを、地場センパイを好きだと自覚したばかりで、しかも彼は幼馴染の『まもちゃん』だった。まもちゃんと離れていた分、そして一気に思い出した事で溢れ出す想いをどうしたらいいのか分からなくて消えない熱を持て余していたの。
顔を真っ赤にしながらも絡めた腕は離せずに黙りこくってしまう。
まもちゃんも何も話さない。もしかしたら引かれちゃったのかもしれない。
キスして、想いを伝え合ったけど。

気の利いた言葉一つ出てこないまだまだ子供な私に

告白したこと、後悔してる?

私は恐る恐る顔を上げて彼を見た。

「どうした?」

けれどそんな不安はすぐに消えていった。
私のことを見つめる彼の顔は記憶の中の男の子と同じくらいとてもとても優しかったから。
胸がいっぱいで、涙がじんわり溢れてくる。
撫でてくれる手は大きくて温かい。私はそれがとても嬉しくて頭をふるふる振った。

「何でもないの。まもちゃん、だいすき。」

そう言うとまもちゃんはフイッと顔を背けて手で覆っている。まもちゃん?と呼び掛けると小さな声で「うさちゃん」と返ってきてドキッと胸が鳴った。
大きくなった彼が自然にそう言うからますますあの男の子なんだという実感が強くなる。

「駄目だろ?それ以上言うな。帰したくなくなる....。」
「ふぇっ?!」
真剣な目を私に向けて、頬を指先ですっと撫でてくる彼の言葉に跳ね上がった。やっぱりあの頃と全然違う。
オトコノヒトの、目だ。
瞳を潤ませる私にまもちゃんも少し赤くなってる。
こんな顔もするのね。まだまだ知らないあなたの顔、もっと知りたい。
「まもちゃん」
それはほとんど衝動。
私は彼の頬にキスを贈った。
目を開けると私に負けないくらい顔を赤くした幼馴染がいて、思わずじいっと見てしまう。
「ばか、見るな。」
ぐいーっと肩を押しやってくる彼にムッとなる。
「まもちゃん!まもちゃんだってさっきいっぱい私にキスしたでしょ?私だってまもちゃんにしたい!!」
「頼むからこれ以上煽るなよ。」
もっと図書室の時みたいにガッツリ反論されるのかと思ったのに、ずっと弱々しい声で言われて拍子抜けする。
「あおる?あおるって何?私はまもちゃんが好きなだけだも....っ?!」

私の言葉はまもちゃんからのキスに飲み込まれた。
さっきの触れるだけの優しいキスとは違う。もっと強くて、深くて、甘くて、まるで食べられてしまいそうなキスだった。

「ほら、こういう事になっちまうだろ?もう、子供じゃないんだから。」
甘い吐息を織り交ぜて警告してくる彼。それでもその瞳はキラキラと夜の色に光っていてとても綺麗だった。
ぐわんぐわん鳴る心臓の音と聞き慣れない鼻にかかる様な声がした。その声とも吐息とも言えない何かが自分のモノだと気付いて更に顔が熱くなる。

「ごめんな、うさ。今日はもう帰ろうか。」
ぱっと体を離して立ち上がってそう言う彼に慌てて続く。
ほら、と手を差し出してくれるその顔は、さっきまでの雰囲気を少しも残していなくて私はホッとしたような、残念なような気持ちになるけれど、繋いだ手の温かさに胸の中がふわふわして私は自然と笑顔になっていた。


彼の自転車の後ろに乗せてもらうのは二度目だ。
ドキドキしながら腰に腕を回すと、ちらっと後ろを振り返ったまもちゃんと目が合う。
「しっかり掴まってろよ?」
「は、はいっ!」
私は一瞬、あの日のジェットコースターサイクリングを思い出して身構えるけれど、今日の運転はびっくりするほど穏やかで気持ちよくて、まもちゃんの背中はとても温かかった。
「なぁうさ、この約束は覚えてるか?」
家が近づいてきた頃、不意に彼が聞いてくる。
「いつか必ず帰ってくる。だから、大きくなったら俺と___」
横切る車の音で最後の部分が聞き取れなかった。
「え?なあに?」
「いや、今度....いつかその時がきたらちゃんと言うよ。」
「えっと、うん!分かった。」
前を向き運転している彼がどんな顔をしているのかは分からない。でも、その声はとても誠実に私の心に届いたの。

つづく
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