第七話 『心が向かう場所』

公園にたどり着く数時間前。私の切羽詰まった様子に驚いていたママは少しずつ記憶を辿るように話してくれた。

「男の子の名前はまもるくんよ。地場衛君。あなた、あんなに小さい頃はまもちゃんまもちゃんっていつも後ろにくっついて遊んでたのにあの日からパッタリ言わなくなっちゃって....。」

悲しげな目で私を見つめて肩をさすってくるママ。
私の目尻からは涙が抑えきれずに溢れ出した。
衛君
地場センパイ
まもちゃん

やっぱりあなたはあの男の子だったのね



私の様子を見たママはそう、そんな風にね、と言葉を続けた。
「衛君の話を私やパパがすると、あなた堰を切ったように泣き出してしまってね。だから私達もこれ以上うさぎの事を悲しませたくなくてなるべく話さないようにしていたの。衛君は進悟が産まれる少し前にアメリカに引っ越してしまったから、あの日からもう十年以上になるのね....。」

遠い日を見るような目でそう言うママは今度は柔らかく微笑んで私に向き直る。

「あなた本当に衛君の事が好きだったのね。離ればなれになってしまったことが悲し過ぎて記憶に蓋をしてしまうくらい。」
「ママ....。」
こくりと小さく頷く私の頭をヨシヨシと撫でる温かな手にまた涙が溢れる。

そう。そうだったんだ。

あの日、引っ越して行った日。私は走り出す車を追いかけて走ったの。でもどんなに泣いてもどんなに叫んでも追いつけなくて。まもちゃんが遠くに遠くに行ってしまって。寂しくて寂しくて死んじゃいそうになった。小さかった私の心は押し潰されそうになった。だから記憶に蓋をしてしまったの。

私はちっちゃな頃、幼馴染の王子様みたいにカッコよくて優しくて笑うと私の心もポカポカとあったかくなるまもちゃんの事が....本当に本当に大好きだったんだ。

そして、地場センパイ
あの人が悲しそうな顔をしてると私も胸が痛くて、笑い掛けてくれると自分の心臓じゃないみたいにドキドキして嬉しくて。

きっと、私自身は気付いていなくても、いつでも心はあなたに向いていたの。


「そうだ。うさぎがちゃんと衛君の事を思い出したいのなら良いものがあるわ。」
「え?」
「あの頃のアルバム。この家に引っ越してくる時に整理したから納戸の奥の方にあるの。だから多分うさぎも見た事がないはずよ。」
「見る!見たいっ!」
涙をぐっと拭って勢い良く返事をしたら、ママは嬉しそうに笑った。


そのアルバムにはまだ二歳くらいの私のことを落とさないようにしっかり抱えてお膝抱っこしてるまもちゃんの写真や、カレーライスを私にアーンと食べさせてあげてる写真、少し大きくなった二人が花の冠をお互いつけて笑ってる写真、沢山の思い出が詰まったそれらが丁寧に貼られていた。
「うさぎってばどの写真も笑ってる。ほーんと嬉しそう。ふふ、可愛い。」
ママの言葉に返事をしながらも、同じ事を写真の中にいる男の子に思った。
まもちゃんも私に負けないくらい楽しそうに笑ってる。今の彼からは想像もできない、可愛い笑顔。
そして小さな私を見つめる目はもの凄く優しかった。

ページを捲ると見覚えのある公園の写真があった。
三角帽子のようにとんがった屋根のついている滑り台。それで遊ぶ二人は一緒に仲良く滑っている。

「とんがり公園....」
「そうそう!とんがり公園!あなたたちがそう呼んでよく遊んでた公園よ。覚えてたのね。」
何か見えない力に呼び寄せられるようにそこに向かいたい気持ちが強くなる。
急いでママに行き方を教えてもらって走り出した。

まもちゃん!ごめんね、うさは臆病だったね。あんなに好きだったまもちゃんのことを忘れていたなんて。
ねえ、まだ間に合う?
まもちゃんの隣に座ってもいい?
そして聞いてもいい?
あの時のキスの意味を。

向かう先に彼がいなくても構わない。
たった一つの覚えているその場所にどうしても行きたくなったんだ。
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