第七話 『心が向かう場所』

俺はこの町に戻ってきた十二歳の時にかつて自分が住んでいた家に訪れたことがあった。
静かな住宅街。いつか日本に戻ってきた時にまた住めるように売りには出さずに残していたその家は、少し離れたところに暮らす祖母がたまに換気や手入れをしていたため家財道具はなくてもあの頃のままそこにあった。
両親が他界してしまったため結局手放すことになったが。土地を売りに出したり親の遺産相続手続きは全て祖母が取り計らってくれた。
けれどその事よりも空虚だった俺の心に更に追い打ちをかけたのは、俺の家の隣にあったはずのあの女の子の家が綺麗さっぱりなくなっていたことだった。外観も何もかも新しくなって表札も変わっているのを見て、俺は世界から見放されたような気分になったのをまるで昨日の事のように思い出せる。


「ただいま。」
勿論返ってくる言葉なんて無かった。
乗ってきた自転車に跨ったままその家を見上げる。
久しぶりにここを訪れてあの頃の孤独が蘇って背中が少し冷たくなるけれど、今は受け止めきれないほどもう子供ではない。
うさぎにあんな事をして思い出せと言ってしまったからか。俺はあの日から一度も来ていなかったこの場所にいた。

「もう何もかも変わっちまったんだな。」

俺の家も新しく建て替えられていてあの頃の面影はどこにもなかった。
そんな風に女々しく思って自嘲気味に笑う俺の横を子どもたちが「あっちの公園でゲームしようぜー!」と通り過ぎていく。
公園か。そういえば『とんがり公園』はまだあるのだろうか。
俺の足は子ども達とは逆に、幼馴染みとの思い出の場所へ向かってペダルを漕ぎ出した。


『とんがり公園』の行き方は自分でも驚くほどしっかり覚えていた。あの日、赤ん坊がもう時期産まれる母親との心の距離に悩んで泣いていたあの子の手を引いて歩いた道だ。子供の時でもそんなに遠くもなかった道のりだったから自転車ではあっという間に着いてしまう。

「ここだ....」

言葉を失い、心臓が早鐘を打つ。
その公園はまるで時が止まってしまったかのようにあの頃のままの姿で静かにそこにあった。
記憶よりも随分小さく感じるけれど、それでも漸くうさぎとの思い出の欠片を見つけたような気持ちになり今度は胸の奥が騒ぎ始めた。
自転車を公園の脇に停め、中に足を踏み入れる。

『どちらにいきますか?おひめさま』

『やおやさん!』

『かしこまりました。さんちょうめのやおやさんですね』

幼い頃の俺たちのやり取り、笑い声まで蘇ってくるようで目を細めた。


思えばうさぎを自転車の後ろに乗せた時、何故だか懐かしいような気がしたんだ。もしかしたら、いや、きっと心のどこかで彼女が『うさちゃん』だと気付いていたのだろう。

この数日間で二人の時間が増えていくにつれ、初恋の女の子というフィルターを飛び越えて、『月野うさぎ』という一人の少女がいつの間にか俺の心の中に住み着いてしまった。

「小さいな……。」

馬の形のバネの乗り物に触れながら笑みが漏れる。揺れると少し軋んだ音がして、年月の経過を物語っていた。そんな時。

「まも....っ!まもちゃーーん!!」

幼い頃の呼び方で俺に向かって叫ぶ声に弾かれるように振り返った。
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