第六話 『呼ぶ声』

ひーちゃんから告白された次の日。

私はバスの時間が重なってしまうのが気まずくて昨日とは反対にものすごく早く登校してしまった。

「あんなことあってどんな風に話したらいいのかわかんないよ....。」

それにあのひと。地場センパイも....。何考えてるのか全然わかんない。



通学路も全然生徒の姿も無く、学校に着いた私は下駄箱を過ぎると教室ではなくて違う場所へと足を向けた。

「こんな時間に来てるわけないよね。」

一人そう零してその戸を開く。

いつも人がいても静かなその場所は、より一層静かで、まるでたくさんの本たちが無言で誰かの手に取られるのをじっと待っているかのよう。

高等部の図書室は中等部に比べると広くて少し古い。読書が大好きなパパが見たらきっとわくわくするに違いない場所。でも私は本よりも漫画が好きで。まさかこんな風に続けて三日もこの場所に訪れるだなんて。ちょっと前までの私だったら考えもしなかった。

誰もいない図書室をゆっくりと歩く。返却口の手前のワゴンに本棚に戻す前の借りられていた本が数冊あった。やたらと小難しい、『三色なんたらの証明』だの、『なんとかの議題について』?みたいな開きたくも無いよく分かんない本の中に…ちょっと雰囲気の違った背表紙が目に入る。まるで引き寄せられるかのように手を伸ばした。

「『竜と月の舟』....?」

表紙の絵にも惹かれてパラパラめくる。よく分かんないけど多分ファンタジー。

最後の貸し出しカードを見ると心臓が跳ねた。


『2A 地場衛』


じゃあひょっとしてこれも??

一緒に返却されている理論だの証明だのの本を手に取ってカードを見るとやっぱり。彼の名前が書かれていた。


難しくってよく分からない本に紛れて、こんな綺麗な装丁の本も借りている。

なんかこれって地場センパイそのものって感じ。

ちょっととっつきづらくて隙が無くて。
だけどその瞳は綺麗でどこか悲しくて。


「竜と月の船....この本、借りたいな。」


ぽそりと出た言葉に自分でも驚く。

今まで本なんて一度もちゃんと読んだ事も無いくせに。

でも、だけど。

この本を読んだら地場センパイのこと、少しだけ分かるんじゃないかって。思ってしまったから。

『相手を知りたいって思うのは、それはもう恋!恋が始まっちゃってるってことよ!!』

美奈子ちゃんが前に言っていた事を思い出して顔がみるみる熱くなる。

『美奈子ちゃんはいっぱい恋、してるもんね。私にはないなぁそういうの。
もちろん仲がいい人はいるよ?男子にも女子にも。でもこの人の事が大好きなんだー!って思った事は....ちっちゃい頃に一回だけかなぁ。』

『えー?!なになに??うさぎのファーストラブ?!めっっちゃ聞きたい〜!!』

『あははごめん、あんまり憶えてないの。そういう事があったなぁってぼんやり思い出すだけでね。名前も顔もどこに住んでたかも憶えてないんだー。まるで....』

「記憶にフタをしちゃったみたいに、ね。」

あの優しい男の子は誰だったんだろう。いつも私の手を引いてくれていた気がする。私のことを呼ぶ声はあの子も子どもだったはずなのにとても落ち着いていて安心できた。

そこまで考えた時、頬に涙が伝う。

これ以上は思い出せない。いつもあの男の子の事を思い出そうとすると胸の奥がきゅうっと痛くなってこうして涙が出てきてしまうから。

もしかして朝泣いて目が覚めるのも、あの男の子の夢を見ているのかもしれない。

何故だか、地場センパイと出会った日から____


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