第五話 『約束』

眠る前。子ども部屋の出窓から二人で星空を眺めていた。

『あめりかって、あるいていける?』

全てを知ったうさぎは涙を溜めた目で俺の腕を引いて、小さな声で聞いてくる。

『…ううん、あるいていけない。ひこうきにたくさんのらないといけないんだ。』

『まいにち、いける?』

『まいにちは…いけない。』

『や、だ…やだあっ!』

ふええっと俺にしがみついて泣くうさぎ。

『やだよ、いかないで!うさをおいてっちゃいやあっ』

『うさちゃん…』

震える幼馴染を抱き締める。目の端に映る星々の煌き。月の光。
それを見て俺は思った。

『おねがいしよう。』

『おねがい?』

『うん。おつきさまにおねがい。また、かならずあえますようにって。ほら、おっきくてまんまるでしょ?きっときいてくれるよ。』

『うん…っうさ、おねがいする!』

目を閉じて二人で祈る。目を開けてもう一度月を見ると一層輝いて見えた。泣きながらも微笑み合う。うさぎの手を取る。

『もうひとつ、やくそく。』

『なあに?』

俺もうさぎも本当に子供で、拙くて。でも純粋で、迷いは何も無くて。ただ相手を思う気持ちだけがそこにあった。

その時の約束は異国の地へと渡った俺の支えになったけれど。暮らしに慣れていくにつれてそれは小さな頃の思い出に変わっていった。

それでも忘れることはできなかった、俺の初恋。






けれど十四歳になったうさぎはきれいさっぱり忘れていた。別にいい。それが普通だ。幼い頃の記憶なんておぼろげで。俺は六歳だったからまだ憶えているが、三歳では憶えていたとしても断片的なものだろう。

うさぎには俺ではない『幼馴染』がいて。その男がうさぎを大事な女だと言う。

俺のことを忘れているのであれば、俺という存在はうさぎの中にはいなかったのだということと同じ。それでいい。

俺はもう他人と関わり合いを持ちたくない。持ちたいとも思わない。

十二の夏。両親が死んだあの日。嫌というほど味わった人の愚かさと醜さ、自分の甘さ。あんな思いはもうたくさんなんだ。

うさぎが誰と何をしようと、俺には何も関係の無いこと。

あの頃の、俺を慕って駆けて来たうさちゃんはもう…いない。


けれど図書室から出て角を曲がり、何となくその場から動けなかった俺の耳に入ってくる会話。生徒会長の男がうさぎに向けた言葉が硬い心を更に締め上げた。

「女としてうさぎのことが好きだ。」

「俺は一生、おまえだけだと決めている。俺と付き合え。うさぎ。」


それは俺の子供の頃の言葉と重なる。


『やくそくだよ。おおきくなったらうさちゃんのこと、ぼくがおよめさんにしてあげるからね。だから、ぼくのこと――――』





僕のことを、忘れないで――――





何かが競り上がってきてぐっと息を飲む。

うさぎの返す言葉も待たずに逃げるようにその場を去った。







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