第五話 『約束』

ある日母親に父親と大事な話があるからと改まってリビングに呼ばれた。

『え…?ひっこしって…?』

父親のアメリカへの転勤が急に決まり、引っ越さなければならないことを突然告げられたのだ。

『どれくらい?どれくらいでもどってこられるの?』

しばらく呆然としていたが我に返って声を張り上げる。心の中に浮かぶのは大切な幼馴染の顔だけ。
その質問に困ったような、寂しそうな顔をした両親だったが、母のほうが口を開いた。

『パパはずっとアメリカの会社で働かなきゃならないの。だから衛が大人になるまでは帰ってこられないのよ。どうしても日本の学校に通いたければ、18歳を過ぎて大学生になってからになるわね…。』

『だいがく…』

そんな。そんなのってない。ずっと傍にいるって約束したばかりなのに。

『衛!!』

部屋を飛び出す俺に二人の声が追いかけたが、その足が止まることはなかった。




『うさちゃん…っ!!』




月野家のインターホンを押すとおばさんが出てきて俺の様子を見て驚いていた。

『あ!まもちゃん!どうし…』

すぐにうさぎも後ろから駆けて来て足が止まる。俺が、泣いていたから。

『やだよまもちゃん!ないちゃやああ』

『うさちゃん…』

『おなかいたいの?あたまいたい?おなかすいた?うさちゃんのおやつもってきてあげる!』

リビングに戻るうさぎに胸が痛くなる。一生懸命で心の優しいうさぎに想いが募った。

『あがって衛くん?お母さんには電話しておいてあげるから、心配しないで?』

おばさんの笑顔にもほっとして頷き、腕で涙をぐいっと拭くと靴を脱いだ。

『おじゃまします』

『まもちゃん!チョコだよ!あとクッキーも!』

ぱたぱたと戻ってきたうさぎは小さな手で持てるだけの溢れるほどのお菓子を俺に差し出してくる。
また視界がぼやけてきてよく見えなくなる。それでもその温かさが俺を包んで…

『ありがとう…っ』


はなれたくないよ…うさちゃん……



チョコレートはとても美味しくて、忘れられなくて…俺の一番好きな菓子になった。




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