第五話 『約束』
頼られることが嬉しかった。なついてくれるうさぎが可愛かった。
俺が怪我をして膝を擦りむいただけでびーびー泣いて心配して。庭に咲いたコスモスを一輪渡せば喜びすぎて抱きついてきて花が潰れそうになって大笑いして。食いしん坊のうさぎと一緒にご飯を食べれば何でも本当に美味しくて。
そんな一つ一つを積み重ねていくたびに心の中にいくつも明りが灯っていった。
『まもちゃん』
ある日、幼稚園から母親と帰ってくると玄関でうさぎが待ってて目を腫らして駆けて来た。
三歳になったうさぎは、母親が臨月を迎えていて、この頃はあまり構ってもらう事ができずに寂しそうにしていた。
『ただいまうさちゃん。きょうはなにしてあそぶ?』
いつものように腕をきゅっと掴んだうさぎは何も答えずふるふると横に首を振る。その手を取って微笑むと、目にいっぱい溜めた涙をぽろっと流して、でも声を出すのをなぜだか我慢をするうさぎ。
『ママ、ぼくうさちゃんととんがりこうえんにいってくる』
とんがり公園はすぐ近くにある小さな公園だった。何か他にちゃんとした名前があるのだろうが、とんがり帽子のような屋根の付いた滑り台があるから俺とうさぎだけが勝手にそう名づけて呼んでいた。
いってらっしゃい、大丈夫?と言う母に手を振って頷いて答えて俺達は手を繋いで歩いていく。時折鼻を啜って何も話さないうさぎが心配で、そのスピードは少しだけ速くなっていった。
『のる?』
白い馬の形のばねの付いた乗り物を指差せば黙って頷くうさぎ。いつも、おうじさまごっこして!とうさぎが言い二人で乗るそれは、いくら子どもだった俺達でも二人乗ればもういっぱいだった。
前に乗せたうさぎのことを見つめているとぽつりぽつりと話し始めた。
『あのね、ママね、おなかおっきいの。』
『うん。』
『あかちゃんうまれるの。うれしいの。でもね、ママはたいへんなの。うさね、なにもさせてもらえないの。だいじょーぶだからって。
うさ、だっこしてほしいけどね、うさもママのことだっこしたいんだよ?わらってほしいの。
ママ、うさのことみえないのかな。おなかがおっきくてみえなくなっちゃったのかな。
ママさびしくないかなあ。
うさはね、なかないの。だっておねえちゃんになるんだもん。
ちゃんとおねえちゃんになるんだもん。そしたらママ、わらってくれるかなあ?』
『うさちゃん…』
うさぎの言葉がじんわりと染み渡って胸がチクチク痛んだ。けれどこれだけは伝えたかった。
『だいじょうぶ。うさちゃんのママは、うさちゃんのことだいすきだよ!』
『まもちゃん…ほんと?』
振り返ったうさぎは目を真ん丸くして見上げてきた。
『ほんとだよ!それにね…』
『なあに?』
キラキラ光る瞳を見ながら俺はゆっくりと言った。
『ぼくも、うさちゃんのことがだいすきだよ。』
家族への好きとは違う初めて感じたこの気持ち。俺の初恋。
『うん!うさもまもちゃんのことがだいだいだいだーいすき!!』
『うん。うさちゃん、ぼくがいるからな。さびしいときはぼくがいるから。』
『ありがとーまもちゃん!』
漸くいつもの笑顔に戻ったうさぎの様子にほっとして、でもその言葉にこっそり胸を鳴らせて。俺はこの可愛い幼馴染のおでこにそっとキスをする。
『まもちゃん?おうじさまごっこ?』
『うーん、うん。』
目をぱちくりさせてきょとんとして聞くうさぎに恥ずかしくなって、そんな風にごまかしてしまった俺。
『おひめさま、きょうはどこにいきますか?』
『やおやさん!』
その答えに笑ってコホンと咳払いをして声を作る。
『かしこまりましたおひめさま、さんちょうめのやおやさんですね。』
小さな公園で、二人の笑い声が響いていた。
ずっと続くと思ってた
うさぎの一番傍にいるのは俺で、うさぎは俺の横でずっとこんな風に笑ってるんだって
そう思ってた
あの日までは――――
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俺が怪我をして膝を擦りむいただけでびーびー泣いて心配して。庭に咲いたコスモスを一輪渡せば喜びすぎて抱きついてきて花が潰れそうになって大笑いして。食いしん坊のうさぎと一緒にご飯を食べれば何でも本当に美味しくて。
そんな一つ一つを積み重ねていくたびに心の中にいくつも明りが灯っていった。
『まもちゃん』
ある日、幼稚園から母親と帰ってくると玄関でうさぎが待ってて目を腫らして駆けて来た。
三歳になったうさぎは、母親が臨月を迎えていて、この頃はあまり構ってもらう事ができずに寂しそうにしていた。
『ただいまうさちゃん。きょうはなにしてあそぶ?』
いつものように腕をきゅっと掴んだうさぎは何も答えずふるふると横に首を振る。その手を取って微笑むと、目にいっぱい溜めた涙をぽろっと流して、でも声を出すのをなぜだか我慢をするうさぎ。
『ママ、ぼくうさちゃんととんがりこうえんにいってくる』
とんがり公園はすぐ近くにある小さな公園だった。何か他にちゃんとした名前があるのだろうが、とんがり帽子のような屋根の付いた滑り台があるから俺とうさぎだけが勝手にそう名づけて呼んでいた。
いってらっしゃい、大丈夫?と言う母に手を振って頷いて答えて俺達は手を繋いで歩いていく。時折鼻を啜って何も話さないうさぎが心配で、そのスピードは少しだけ速くなっていった。
『のる?』
白い馬の形のばねの付いた乗り物を指差せば黙って頷くうさぎ。いつも、おうじさまごっこして!とうさぎが言い二人で乗るそれは、いくら子どもだった俺達でも二人乗ればもういっぱいだった。
前に乗せたうさぎのことを見つめているとぽつりぽつりと話し始めた。
『あのね、ママね、おなかおっきいの。』
『うん。』
『あかちゃんうまれるの。うれしいの。でもね、ママはたいへんなの。うさね、なにもさせてもらえないの。だいじょーぶだからって。
うさ、だっこしてほしいけどね、うさもママのことだっこしたいんだよ?わらってほしいの。
ママ、うさのことみえないのかな。おなかがおっきくてみえなくなっちゃったのかな。
ママさびしくないかなあ。
うさはね、なかないの。だっておねえちゃんになるんだもん。
ちゃんとおねえちゃんになるんだもん。そしたらママ、わらってくれるかなあ?』
『うさちゃん…』
うさぎの言葉がじんわりと染み渡って胸がチクチク痛んだ。けれどこれだけは伝えたかった。
『だいじょうぶ。うさちゃんのママは、うさちゃんのことだいすきだよ!』
『まもちゃん…ほんと?』
振り返ったうさぎは目を真ん丸くして見上げてきた。
『ほんとだよ!それにね…』
『なあに?』
キラキラ光る瞳を見ながら俺はゆっくりと言った。
『ぼくも、うさちゃんのことがだいすきだよ。』
家族への好きとは違う初めて感じたこの気持ち。俺の初恋。
『うん!うさもまもちゃんのことがだいだいだいだーいすき!!』
『うん。うさちゃん、ぼくがいるからな。さびしいときはぼくがいるから。』
『ありがとーまもちゃん!』
漸くいつもの笑顔に戻ったうさぎの様子にほっとして、でもその言葉にこっそり胸を鳴らせて。俺はこの可愛い幼馴染のおでこにそっとキスをする。
『まもちゃん?おうじさまごっこ?』
『うーん、うん。』
目をぱちくりさせてきょとんとして聞くうさぎに恥ずかしくなって、そんな風にごまかしてしまった俺。
『おひめさま、きょうはどこにいきますか?』
『やおやさん!』
その答えに笑ってコホンと咳払いをして声を作る。
『かしこまりましたおひめさま、さんちょうめのやおやさんですね。』
小さな公園で、二人の笑い声が響いていた。
ずっと続くと思ってた
うさぎの一番傍にいるのは俺で、うさぎは俺の横でずっとこんな風に笑ってるんだって
そう思ってた
あの日までは――――
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