第四話 『ブラック生徒会』
僕は幼いころから兄が全てだった。
忙しい両親。祖父母に預けられがちだった僕たちはまるで空気のように扱われた。引越しをして漸く両親と生活できると思っていたのに更に忙しく家に帰らなくなったあの人たち。
そんな中で兄さんだけは僕のそばにいてくれた。
僕は他人と話すことができない子供だった。家族であるはずの祖父母や両親にすらうまく言葉が出てこない。だから気味悪がられてますます遠ざけられた。
けれど兄さんだけには普通に話せたんだ。兄さんだけが僕の味方。兄さんだけが僕の世界。
そんな僕たちの世界に突然入ってきたのがあの女だった。
『よろしくね!』
あんな風に他人に笑いかけられたのは初めてで、苦しくなった。
『ぼくは君となんか仲良くしないよ』
そう伝えてしまってから兄さんを見るとひどく驚いていた。
他人と話すのが初めてだったからだと、僕自身も言ってから気が付いたんだ。
うさぎは憎たらしい女だった。僕の大好きな兄さんの心を奪っておいて、誰にでも優しく向ける笑顔、いつでもたくさんの仲間がいて。
僕ら兄弟の手を取って嬉しそうに歩いていたくせに、その次の瞬間には他の友達の輪の中に入っていく。
それなのに僕が根暗だとか、喋らないからクチナシ女男だの同級生からいじめられていると決まって駆け付けてかばったりしてくるんだ。
嫌なのに放っておいてもくれない幼馴染が疎ましいのに救われてもいて。なのにその幼馴染は僕だけを見てくれることは決してない。
そんな子の事を想い続けたって無駄なんだ。嫌いなんだよ、あんな女。
だというのに、僕は見てしまったんだ。あの女が地場と一緒にいるところを。
高校の図書館に入っていくうさぎを見かけ、また兄に迷惑をふっかけているのではと思った僕はそっと入り口から中の様子を伺った。
そこには勉強を教えてもらっているらしいうさぎが今まで見たこともないような楽しそうで、はにかんだような女の表情をして奴と話していて。地場はそんなうさぎを柔らかな笑みで見つめていた。
その光景は無防備だった僕の心に鉛を落とされたような衝撃で。
僕はその場を音をたてないように立ち去った。
気付いてしまったんだ。うさぎは無償の愛を誰にでも与える聖母でも八方美人でも何でもない。ただの女なんだと。好きな相手にはやはり普通の女であるのだと分かってしまい、その苛立ちをいつまでもあの女を女神崇拝する兄さんへぶつけてしまった。
もういい加減、兄さんも思い知ればいいんだ。
「僕はあんな女、好きじゃない。」
再度言う。狼狽している兄さんはまだ瞳を揺らしている。そんな兄から顔を背けてさっきまで烏丸先輩がいたところに視線を落とす。
「兄さんも、自分の事だけを見てくれる女に少しは目を向けてみたらどうなんだ?」
涙目で固まっていた化粧女の事を思い浮かべ聞いてみた。あいつは努力の方向性が間違っているだけで、兄さんに対する思いは本物だと思う。奴の香水は本当に酷く臭くて嫌いだけれど。
「今すぐには無理だ。俺はうさぎをこのまま諦めることなどできん。」
吐き出すように唸るように。兄さんは囁く。
「不毛だね。」
「蒼影!お前は俺の味方ではなかったのか!?」
胸ぐらを掴む熱い兄に綺麗に微笑む。
「もちろん、僕は光輝兄さんの味方だよ。誰よりも兄さんの幸せを一番に願ってる。」
僕の頑なな笑顔に観念したのか兄は音を立てて生徒会室を後にした。
そう。僕の幸せは兄さんが幸せであることなんだ。
兄さんが座っていた椅子を机に正して生徒会室の鍵を閉めると、僕は静かに歩き始めた。
つづく
忙しい両親。祖父母に預けられがちだった僕たちはまるで空気のように扱われた。引越しをして漸く両親と生活できると思っていたのに更に忙しく家に帰らなくなったあの人たち。
そんな中で兄さんだけは僕のそばにいてくれた。
僕は他人と話すことができない子供だった。家族であるはずの祖父母や両親にすらうまく言葉が出てこない。だから気味悪がられてますます遠ざけられた。
けれど兄さんだけには普通に話せたんだ。兄さんだけが僕の味方。兄さんだけが僕の世界。
そんな僕たちの世界に突然入ってきたのがあの女だった。
『よろしくね!』
あんな風に他人に笑いかけられたのは初めてで、苦しくなった。
『ぼくは君となんか仲良くしないよ』
そう伝えてしまってから兄さんを見るとひどく驚いていた。
他人と話すのが初めてだったからだと、僕自身も言ってから気が付いたんだ。
うさぎは憎たらしい女だった。僕の大好きな兄さんの心を奪っておいて、誰にでも優しく向ける笑顔、いつでもたくさんの仲間がいて。
僕ら兄弟の手を取って嬉しそうに歩いていたくせに、その次の瞬間には他の友達の輪の中に入っていく。
それなのに僕が根暗だとか、喋らないからクチナシ女男だの同級生からいじめられていると決まって駆け付けてかばったりしてくるんだ。
嫌なのに放っておいてもくれない幼馴染が疎ましいのに救われてもいて。なのにその幼馴染は僕だけを見てくれることは決してない。
そんな子の事を想い続けたって無駄なんだ。嫌いなんだよ、あんな女。
だというのに、僕は見てしまったんだ。あの女が地場と一緒にいるところを。
高校の図書館に入っていくうさぎを見かけ、また兄に迷惑をふっかけているのではと思った僕はそっと入り口から中の様子を伺った。
そこには勉強を教えてもらっているらしいうさぎが今まで見たこともないような楽しそうで、はにかんだような女の表情をして奴と話していて。地場はそんなうさぎを柔らかな笑みで見つめていた。
その光景は無防備だった僕の心に鉛を落とされたような衝撃で。
僕はその場を音をたてないように立ち去った。
気付いてしまったんだ。うさぎは無償の愛を誰にでも与える聖母でも八方美人でも何でもない。ただの女なんだと。好きな相手にはやはり普通の女であるのだと分かってしまい、その苛立ちをいつまでもあの女を女神崇拝する兄さんへぶつけてしまった。
もういい加減、兄さんも思い知ればいいんだ。
「僕はあんな女、好きじゃない。」
再度言う。狼狽している兄さんはまだ瞳を揺らしている。そんな兄から顔を背けてさっきまで烏丸先輩がいたところに視線を落とす。
「兄さんも、自分の事だけを見てくれる女に少しは目を向けてみたらどうなんだ?」
涙目で固まっていた化粧女の事を思い浮かべ聞いてみた。あいつは努力の方向性が間違っているだけで、兄さんに対する思いは本物だと思う。奴の香水は本当に酷く臭くて嫌いだけれど。
「今すぐには無理だ。俺はうさぎをこのまま諦めることなどできん。」
吐き出すように唸るように。兄さんは囁く。
「不毛だね。」
「蒼影!お前は俺の味方ではなかったのか!?」
胸ぐらを掴む熱い兄に綺麗に微笑む。
「もちろん、僕は光輝兄さんの味方だよ。誰よりも兄さんの幸せを一番に願ってる。」
僕の頑なな笑顔に観念したのか兄は音を立てて生徒会室を後にした。
そう。僕の幸せは兄さんが幸せであることなんだ。
兄さんが座っていた椅子を机に正して生徒会室の鍵を閉めると、僕は静かに歩き始めた。
つづく