第二話 『背中』

「名前は?」

「わかんない。」

「学年は?」

「えっとー確か学年バッチは二学年だったような…」

「OKじゃあ次は、ずばり見た目は?」

「黒髪で、縁なし眼鏡で瞳は蒼色。で、背は…結構高いよ。あとは…」

その後も第一印象のままのあいつの外見を説明する私。ある程度話したところで美奈子ちゃんは「あーはいはい分かりましたようさぎさん」と言いながらメモ帳をパラパラとめくり始めた。

「彼はおそらく…いや、間違いなく地場衛先輩ね!高等部の2年A組。成績は常に学年トップ。都内マンションに独り暮らしで兄弟なし。スポーツも万能だが帰宅部。頭脳明晰容姿端麗高身長の彼だがしかし!!
他人を全く寄せ付けず、女子にも興味なし。告白して手ひどく振られて泣かされた女生徒多数。人間そのものに興味がないといった風で今では女子たちも諦め、遠巻きで見るだけ。そんな彼に付けられた異名は『ココーの王子』!!」

まさに高菜の花ってやつね!!と鼻息荒く言いながらいつものメモ帳を閉じる美奈子ちゃんを呆気に取られながらも見る私。そして「高嶺の花よ。あと孤高ね、美奈」とにっこり訂正する亜美ちゃん。

本当にどこでそれほどの情報を仕入れてくるのか。今更ながら親友の行動力には驚かされていた。

「あんたもその努力、少しは勉強に向けてみなさいよ。」

横で聞いていたレイちゃんはずばっとそんなことを言う。それに素敵な笑顔で「それは無理☆」と答える美奈子ちゃん。

ふーん地場衛…先輩か。
女の子を泣かせてばっかりだなんて。やっぱりずいぶん酷い奴みたいじゃないの。モテるのか。ふーん。別に?関係ないけど!


私は昼休みにあっという間にお昼を食べると一目散に高等部の校舎へと駆け出した。

「うさぎ!何だ俺に会いに来たのか。」

「ひーちゃんごめん、どいて!!」

「どわっ!?」

廊下のど真ん中で髪をかきあげ立ち塞がる幼馴染に体当たりしてスルーすると図書室に向かう。

辿り着いてドアの前で深呼吸。

ガラリと引き戸を開けて見回すと、思ったとおり、昨日のあの席に腰掛けて本を読んでいる真っ黒王子。

正面にゆっくりと近付き持っていた問題集やノートをどさっと置く。

それでも顔を上げもしない真っ黒王子は本を読んでいるのかと思えば、びっくりすることに頬杖を付いたまま眠っているのだった。

むー…オトコのくせして睫毛長い。やっぱし綺麗な顔しちゃって憎たらしいわね全く!女の敵!!

「ちょっと!」

図書館で出来る限りの声で呼んでみても一向に目を開かない。

「地場先輩!」

反応なし。よーしそれならフルネームならどうだ!

「地場衛!!」

これもダメ。じゃあ一番嫌がりそうな呼び方で呼んでやるわ!!

「ちょっと!!まもちゃん!!!」

瞬間。ぱっちりと目を開けた真っ黒王子は私のことを見て体を引いて固まっている。

そういえば呼びかける毎に段々顔を近づけていたような気がする。何やってるのよ私!赤くなるなっ私の顔!!!相手は冷血真っ黒王子なんだから!

「おまえ…覚えてるのか……?」

「え?何をですか?地場先輩。」

「…何でもない。何しに来たんだ?暇なのか?勉強はどうした。」

言ってから欠伸をする彼はすぐに目線を本に落としてしまう。どことなーく朝と雰囲気が柔らかいような?とにかく違う気がする。なんだろう?いやいや!今はそんなことより作戦開始だ!!

「その勉強をしにここに来たんです。地場先輩。私に勉強を教えてください。」

「……は?」

「言っときますがキョヒケンはありません。私のことをさんざんとろいだの変だのどんくさいだの色々言った罰です。キチョーな時間を割いて頭がどうにも良くない私に勉強を教えてください。あと約束事としてもう授業はサボらないこと!どんなに学年一番を取ってても出席日数が足りなきゃ、りゅーねんしちゃうんだからあ!」

私は至って真剣そのものに言ったはずだったのだけど。

しばらく放心したかのように黙った彼はいきなり人が変わったかのように楽しそうに笑い出した。

「お前、本当に変な奴だな。そういえば生徒会長?のお前の彼氏も相当変わってるみたいだし。やっぱり似たもの同士がくっつくんだな。」

「ちょっと待った!ひーちゃんは彼氏じゃなくてただの幼馴染!そこんとこ間違えないで下さい!」

「幼馴染…ね。まあどっちでもいいけど。」

不意に窓の外に目をやり遠くを見つめる真っ黒王子の横顔を見てデジャヴ。

幼馴染。そう言った彼の声のトーンが何か特別なもののような気がして頭に引っかかる。

そういえば、何で『まもちゃん』って言ったらあんなにもしっかりと目を覚ましたのだろう。

幼馴染……


まもちゃん………



あれ?なんだろう何か…


「とりあえず座れば。」

「え?あ、はい!」

そうだ。私はまだ作戦の途中だったんだ!

この真っ黒王子への仕返しは余裕に寛いでいる時間の邪魔と、勉強ができるという彼の取り柄を最大限に利用して私も成績アップという一石二鳥名作戦なのだ!

我ながら完璧な作戦にふっふっふと笑いながら問題集をめくり始めた。


つづく






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