chocolate kiss(まもうさ)
研究から解放され家に漸く着くと、うさが血相を変えて出迎えた。
「まもちゃんどうしよーー」
そう言いながら泣き腫らした目ですがり付いてくる。
「ただいま。遅くなってごめんな。どうしたんだ?」
「うぅっおかえりなさい。あのね、今日のバレンタインのね、」
「失敗したのか?大丈夫だよ。俺はそれでも食べるよ?」
上着を脱ぎながら大体想像のつく展開を先回りして答える。するとその言葉に更に涙を溢してぶんぶん首を横に振る彼女。
「違うのっ成功したの!大成功だったの!!」
「じゃあどうして…」
「まもちゃん、怒らない?怒らないで聞いてくれる??」
うるうると目を潤ませて見上げてくるうさからはほのかにチョコレートの香り。そして口許に僅かに残る甘いそれ。
え、おい、ちょっと待て。お前まさか…
いや、待て待て。そんなはずない。うさはよく知ってるだろ?俺はバレンタインを差し置いても好きな食べ物はチョコレートだ。そして今日はバレンタインで、うさは俺に美味しいチョコを作るって張り切ってて、俺もそれは素直に楽しみにしていて。一緒に食べようって、約束したよな?
そんな、まさか全部食ったのか……??
こんなことで腹を立てるのは大人げない。
だけど、このショックは今年に入って最大級だ。
嘘だ。嘘だと言ってくれうさ!!!
「………………………………………食ったのか?」
まるで機械のような感情がないもののように尋ねる。
沈黙はたっぷり20秒。
心底申し訳無さそうにしているうさがぽつりぽつりと話し始める。
「すごい美味しくて…ちょっと味見のつもりが、全部……食べちゃった…」
「なんだよそれ!」
「わーんやっぱし怒ったー!!ごめんなさいまもちゃーーん!!」
「だってなあ!!お前っ……俺が…どんなに楽しみにしてたか知らないだろ。」
「まもちゃん…」
つい本音を弱々しく吐くとうさは本当に辛そうに俺を見てくる。その顔を見てふと冷静さを取り戻した俺は溜め息を付くとごめんと呟いた。
「俺の帰りが遅かったのも、悪かったよな。家には何もなかったし腹も減ってたんだろ?」
「まもちゃんは悪くないもん!ほんとにゴメンナサイ…」
泣きながらふるふる小さく震えるうさを見ると、再び抑えていた自分勝手な思いが沸き上がってくる。折角寛大な恋人として許してあげようと思ったのに。俺の中の意地悪な部分が顔を出す。
ぐいっと彼女を引き寄せて耳許に唇を寄せて、駄目。許さないよ。と囁いた。
低い声にうさはぴくっと体を強張らせる。
俺はうさの口許に残るチョコを舐めとる。驚き顔を赤く染めて俺のことを小さく呼ぶ彼女には答えずにチョコの香りのする唇を奪い、深く激しいキスをした。俺の好きなミルクチョコレートの味が口内に広がり、溶け合う。全部逃すまいと舌を絡めて味わい尽くす。
「…ぷはっんっんうぅっ」
唇が離れて解放されたと思ったのか息を吸おうとしたうさの腰に腕を回して密着させ、更に深いキスを再開させる。
チョコの味は薄れて、それでも彼女自身の甘い香りのするそれをまるで食べるかのようにキスを続ける。
胸をドンドン叩かれても暫くやめず、最後に音を立てて啄むキスを贈って唇を離した。
「ごちそうさま。」
涙目で荒くなる呼吸で俺を見る彼女にそう言うとかあっと顔を真っ赤にして、もう!まもちゃんの意地悪!!と半泣きされてしまった。
「仕方がないだろ、チョコレート全部食べた罰なんだから。」
顎を持ち上げ、息が掛かるくらいの距離でそう切り返せば何も言えなくなる彼女。
さすがに少しやりすぎたかと反省した俺はふと力を抜いて、彼女の頭を撫でて微笑む。
「チョコレート、美味しかったからまた作って。明日でも、明後日でも。」
「…うん…!!明日も作るよ!!本当にごめんね。」
「もういいよ。飯食いに行くか。」
くしゃくしゃ撫でながら言うと彼女はほっとした表情になり漸く笑顔を向けた。
「うん!行く!」
しかし翌日。何故かうさはチョコレート作りに失敗する。全く、どこまでもうさらしくて脱力感と共に愛しさも沸いてしまうから、形の崩れたチョコを二人で黙々と食べ、最後には可笑しくて笑い合って。
こんなバレンタインもいいな、と昨日渡しそびれたバラの花束を差し出しながら思った。
良いとこ無しでごめんと泣く彼女はでも、幸せそうに微笑んだ。
おわり
