それは突然(クンヴィ)



「…取れたぞ。」

自分の心の揺れを悟られないように努めて平静を装って言った。

だが、彼女はゆっくりとこちらに体を向き直して照れたような上目遣いで私を見た後うつむき、頬を紅潮させて珍しく素直に「ありがとう…」と呟いてきた。


結局その一つ一つの行動が私の感情を更に揺り動かしてしまったのだった。



すぐ腕を伸ばせば触れられる距離にある彼女。

もう一度触れたい。


そんな思いが己の体を支配しそうになる。

だがギリギリのところで地球国の王子直属の四天王リーダーとしての自分がそれを押し留めた。

―これ以上は決して踏み入れてはならない。絶対に―

そうやってただの男としての自分に言い聞かせて。



体の熱を冷ますようにふっと息を吐くと

「では、我が主たちの元へ参ろうか。」

何となく彼女の目を真っ直ぐ見れずに言った。

そんな私に何か言いたいのか少し黙っていた彼女だったが、「ええ!」と明るい声で返してきた。

思わず彼女のその表情を見てしまい、そして後悔した。

その笑顔は本当に愛らしくて眩しくて…それを見た自分の鼓動のリズムは隠しきれないほど速くなっている。

どうしたって沸き上がる気持ちをごまかせなかった。

彼女はそんな私の心の機敏に気付くこともなく颯爽と湖の方へ向かって行く。


私はその後ろ姿を甘く苦い気持ちで見つめた。きっと彼女が後ろを向いた時だけ。背中を向けて来た時だけに許された、眼差し。



この時からだ。

――月の者と関わってはなりません――

マスターに忠告する度に胸の奥が締め付けられるようになったのは…。







おわり
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