その名前は(クン美奈)
※続編『せめて俺には甘えろよ』
美奈子と付き合い始めて一ヶ月。俺はあいつの過去を知らない。付き合う前の事は互いに必要以上に詮索してこなかったからだ。
俺に以前沙紀という恋人がいたことは偶然知られたが、それも今にして思えば美奈子と付き合うきっかけになったのだからその後の関係にマイナスな要素は落としていない。
それと同じように、美奈子にかつて恋人がいたかどうかなんて問題ではない。今、美奈子の隣にいるのは俺なのだから______
今日は部屋に美奈子が遊びに来ていた。俺はソファーに腰掛けて課題の資料に目を通し、彼女はカーペットに座り散々アルテミスの腹だとか喉だとかを撫でまわしてじゃれたり口げんかしたりと騒がしくしている。
この距離だ。俺と彼女の間には大抵美しい白猫がいて、隣に腰掛けたこともなければ付き合ったあの日からスキンシップといった類はまるでない。なぜか彼女の白い手は柔らかな白い毛を持つ雄猫にばかり向けられていた。
「あー喉乾いた!私レモンソーダ買ってくる!」
「なら俺も行く。」
「大丈夫!アルテミスと行くから!あんたは課題があるんでしょ?」
「……それはそうだが。」
憮然と答えれば的外れな答えが返って来た。
「何?あんた一人が寂しいの?じゃあ私だけで行ってくるからアルテミスと留守番よろしく!」
おい!なんでそうなる!
「待っ…」
あっという間に美奈子はリビングから消え、どういうわけか彼女の愛猫と取り残される羽目になった。
ため息が二つ重なる。猫のくせに。じろっと彼を見る。いや、かつてシルバーミレニアムに仕えた極めて優秀な彼をただの猫として扱うのは失礼か。
「なーんか美奈、空回ってるよなー。」
「というより、鈍いのではないか?」
「いやあー驚異の失恋記録を持つ恋愛暴走列車の美奈が鈍いって事はないと思うんだけど。」
「驚異の失恋記録?」
「ああっと賢人!今のは忘れろ!あのころの美奈はどうかしてたんだよ!」
前足をぶんぶん振って冷や汗を流す世にも珍しい白猫を凝視する。
「そんなに美奈子を悲しませた男がいるのか。」
怒気を含ませた声にぴゃっと毛を逆立てるアルテミスは更に動揺した表情でぼろを出す。
「いやただイケメンに会ったら片っ端から惚れてっただけであああっと!なしなし!今のもなし!」
「なるほど。」
「あ、あのさあ賢人。美奈のこと怒るなよ?」
「怒る?まさか。まあ、説教はするな。」
「それは怒ると同義じゃないのか!?」
「全然違うだろ。」
そうは思わないけどなあ…とぶつくさ言っているアルテミスを抱き上げる。そして頭をグリグリ撫でると猫らしく気持ち良さそうな声を出してからふと我に返ったように睨み上げてきた。
「な、なんだよ!」
「アルテミス、今日は先に帰っておいてくれるか?美奈子に話がある。帰りは俺が送るから心配は無用だ。」
「……説教か?」
「説教だ。」
にやりと笑うと引きつった顔をしながらも承諾したのだった。
玄関まで彼を見送りドアを開けてやると、じっと見つめてからゆっくりと口を開く。
「賢人、ほどほどにしてやってくれよ?」
「それは保証できないな。お前は美奈子を甘やかしすぎだ。」
「ただいまー!あれ?アルテミスは?」
呑気な声で帰ってきたと思ったらやはり予想通りの言葉。
「先に帰ったぞ。」
読んでもいなかった資料を閉じて答えると立ち上がって美奈子の方に向かった。
「なぁーによあいつ!薄情ね!」
「そう言ってくれるな。あれほど相棒の事を思っている男もいないぞ。」
「男って。何言ってんの賢人。アルテミスは猫!オスよオス!」
笑いながら買ってきた飲み物を開けるその手を俺は取った。
「けん…「俺は対等に思っているぞ。お前の事を思う同士として。」
顔を近づけ、顎を掬い上げる。
「思いの形は、違うけどな。」
真っ赤な顔は戸惑いにあふれ、晴れた空のように澄んだ瞳は近づくにつれ深い夜の色になる。
俺たちは目を閉じることもなく唇を重ねた。
「な…なんでっ」
「したいと思ったからだ。美奈子、俺の事を避けているだろう。」
「避けてなんかないわよ!」
「そうか?アルテミスに逃げてるように俺には見えていたぞ。」
腰を離さないままじっと見つめるとさまよう瞳が観念したように強い意思を持って睨み返してきた。
ああ、綺麗だな。昔から、お前は変わらん。
「逃げてるわけじゃないわ!ただ、いっつも私、追いかけるばかりの恋愛してきたから…っ!そう、攻めあぐねてただけよ!」
「ほう?」
「あんたなんかね!この私が本気になったら心臓いくつあっても足りないんだから!!」
なんだそれは。そんなに真っ赤にしながら言っても可愛いだけだぞ。
「それは面白い。さすがは恋愛暴走列車の愛野さんだ。」
「何よそれ!っっ!」
抱き締めると愛しの暴走列車は急停止した。
「安心しろ。俺はちゃんとお前の事を思ってる。だからアルテミスにだけじゃなく、恋人の俺にもちゃんと、甘えろ。」
そう耳元で話し腕の力を強めると、唸り声が聞こえて今度は俺がはたとなる。
「うーーもうだから嫌なのよ。調子狂う!!」
「嫌いか?」
「好きよばか賢人!!!!」
次の週には美奈子の選んだクッションがソファーに添えられ、俺の隣はぎこちなくも時々とても幸せそうに笑う恋人の特等席になった。
おわり
美奈子と付き合い始めて一ヶ月。俺はあいつの過去を知らない。付き合う前の事は互いに必要以上に詮索してこなかったからだ。
俺に以前沙紀という恋人がいたことは偶然知られたが、それも今にして思えば美奈子と付き合うきっかけになったのだからその後の関係にマイナスな要素は落としていない。
それと同じように、美奈子にかつて恋人がいたかどうかなんて問題ではない。今、美奈子の隣にいるのは俺なのだから______
今日は部屋に美奈子が遊びに来ていた。俺はソファーに腰掛けて課題の資料に目を通し、彼女はカーペットに座り散々アルテミスの腹だとか喉だとかを撫でまわしてじゃれたり口げんかしたりと騒がしくしている。
この距離だ。俺と彼女の間には大抵美しい白猫がいて、隣に腰掛けたこともなければ付き合ったあの日からスキンシップといった類はまるでない。なぜか彼女の白い手は柔らかな白い毛を持つ雄猫にばかり向けられていた。
「あー喉乾いた!私レモンソーダ買ってくる!」
「なら俺も行く。」
「大丈夫!アルテミスと行くから!あんたは課題があるんでしょ?」
「……それはそうだが。」
憮然と答えれば的外れな答えが返って来た。
「何?あんた一人が寂しいの?じゃあ私だけで行ってくるからアルテミスと留守番よろしく!」
おい!なんでそうなる!
「待っ…」
あっという間に美奈子はリビングから消え、どういうわけか彼女の愛猫と取り残される羽目になった。
ため息が二つ重なる。猫のくせに。じろっと彼を見る。いや、かつてシルバーミレニアムに仕えた極めて優秀な彼をただの猫として扱うのは失礼か。
「なーんか美奈、空回ってるよなー。」
「というより、鈍いのではないか?」
「いやあー驚異の失恋記録を持つ恋愛暴走列車の美奈が鈍いって事はないと思うんだけど。」
「驚異の失恋記録?」
「ああっと賢人!今のは忘れろ!あのころの美奈はどうかしてたんだよ!」
前足をぶんぶん振って冷や汗を流す世にも珍しい白猫を凝視する。
「そんなに美奈子を悲しませた男がいるのか。」
怒気を含ませた声にぴゃっと毛を逆立てるアルテミスは更に動揺した表情でぼろを出す。
「いやただイケメンに会ったら片っ端から惚れてっただけであああっと!なしなし!今のもなし!」
「なるほど。」
「あ、あのさあ賢人。美奈のこと怒るなよ?」
「怒る?まさか。まあ、説教はするな。」
「それは怒ると同義じゃないのか!?」
「全然違うだろ。」
そうは思わないけどなあ…とぶつくさ言っているアルテミスを抱き上げる。そして頭をグリグリ撫でると猫らしく気持ち良さそうな声を出してからふと我に返ったように睨み上げてきた。
「な、なんだよ!」
「アルテミス、今日は先に帰っておいてくれるか?美奈子に話がある。帰りは俺が送るから心配は無用だ。」
「……説教か?」
「説教だ。」
にやりと笑うと引きつった顔をしながらも承諾したのだった。
玄関まで彼を見送りドアを開けてやると、じっと見つめてからゆっくりと口を開く。
「賢人、ほどほどにしてやってくれよ?」
「それは保証できないな。お前は美奈子を甘やかしすぎだ。」
「ただいまー!あれ?アルテミスは?」
呑気な声で帰ってきたと思ったらやはり予想通りの言葉。
「先に帰ったぞ。」
読んでもいなかった資料を閉じて答えると立ち上がって美奈子の方に向かった。
「なぁーによあいつ!薄情ね!」
「そう言ってくれるな。あれほど相棒の事を思っている男もいないぞ。」
「男って。何言ってんの賢人。アルテミスは猫!オスよオス!」
笑いながら買ってきた飲み物を開けるその手を俺は取った。
「けん…「俺は対等に思っているぞ。お前の事を思う同士として。」
顔を近づけ、顎を掬い上げる。
「思いの形は、違うけどな。」
真っ赤な顔は戸惑いにあふれ、晴れた空のように澄んだ瞳は近づくにつれ深い夜の色になる。
俺たちは目を閉じることもなく唇を重ねた。
「な…なんでっ」
「したいと思ったからだ。美奈子、俺の事を避けているだろう。」
「避けてなんかないわよ!」
「そうか?アルテミスに逃げてるように俺には見えていたぞ。」
腰を離さないままじっと見つめるとさまよう瞳が観念したように強い意思を持って睨み返してきた。
ああ、綺麗だな。昔から、お前は変わらん。
「逃げてるわけじゃないわ!ただ、いっつも私、追いかけるばかりの恋愛してきたから…っ!そう、攻めあぐねてただけよ!」
「ほう?」
「あんたなんかね!この私が本気になったら心臓いくつあっても足りないんだから!!」
なんだそれは。そんなに真っ赤にしながら言っても可愛いだけだぞ。
「それは面白い。さすがは恋愛暴走列車の愛野さんだ。」
「何よそれ!っっ!」
抱き締めると愛しの暴走列車は急停止した。
「安心しろ。俺はちゃんとお前の事を思ってる。だからアルテミスにだけじゃなく、恋人の俺にもちゃんと、甘えろ。」
そう耳元で話し腕の力を強めると、唸り声が聞こえて今度は俺がはたとなる。
「うーーもうだから嫌なのよ。調子狂う!!」
「嫌いか?」
「好きよばか賢人!!!!」
次の週には美奈子の選んだクッションがソファーに添えられ、俺の隣はぎこちなくも時々とても幸せそうに笑う恋人の特等席になった。
おわり