一瞬で(エンセレ)
俺は振り向き
そして言葉を失った。
時間が止まったのでは、と初めて…思った。
「あ…。」
背後にいた人物は、俺と同じように驚いて声を発した。
月の光のような銀色の長い長い髪は、風が吹く度にサラサラとなびく。
大きな空色の瞳は俺の事を真っ直ぐに見つめていて、瞬きをする度にその長い睫毛は揺れる。
透けるような白い肌に桜色の頬。赤い唇。
パールのような美しいドレスは今まで見たこともないような作りだった。
そして声…。
今小さく呟かれたその声は、まるで天から降ってきたような透き通った美しい響きだった。
なんて
なんて美しい人なのだろう――――――
俺は今まで抱いたことのない気持ちを胸に宿しながら、一歩彼女の方に足を踏み出す。
今自分が王子であるということを完全に忘れていることにも気付かずに…。
しかし彼女はビクリと肩を揺らして一歩後ずさる。
「あ…あの…ごめんなさい…!」
そしてギュッと瞳を閉じて体を強張らせていた。
「あ…私こそ名乗りもせずに失礼しました。私はこの国の王子…エンディミオンです。」
「存じ上げております…。」
俯いたまま彼女は小さくそう返事をする。この距離からだとその表情はよく見えない。
「あなたは…?」
俺は一歩近づく。
彼女は一歩後ずさる。
「私は…」
そこまで彼女は言うと首を横に振り、「ごめんなさい!!」と謝り踵を返して走り出してしまった。
「待って下さい…!!」
俺は咄嗟に彼女を追う。
彼女は懸命に走るも、長いドレスやヒールがそれを邪魔してあっという間に追い付いてしまった。
白く細い手首を掴むと、熱が出たわけでもないのに動悸が早くなる自分に訳も分からず戸惑った。
「名前を」
顔が…熱い…。
どうしたことだろう。
掴んだ手首から彼女の体温が伝わってくる。
そう思っただけで自分の体の熱が上がってしまうような気がする。
「名前を…教えてくれませんか?」
未だ振り向かない彼女にそう訊ねる。
「でき…ません…」
彼女の声は震えていた。
「どうしてです?」
俺は肩に手を置いてやんわりと振り向かせる。
「だめ…!!」
初めに目にしたのは涙を溢す瞳。
泣いているのに綺麗だと思ってしまう自分の心に驚く。
そして次に目にしたのは…額の印…だった。
え?そんな…
『古来より月と地球の者同士は互いの国に行くことも通じることも禁忌とされております。言わば、神の掟の一つにて定められているのです。』
顔も覚えていない神官から幼少の頃に聞かされていたことが頭の中に蘇る。
「貴女は…」
「ごめんなさい!!」
手を振り払うと覚束ない足取りで走り去っていく。
俺はそこに金縛りに遭ったかのように動けないでいた。
『月の民は我々と姿形には相違はございません。ただ、王族はその証として代々額に三日月の印があると伝えられております――――――』
「じゃあ彼女は…月の国の…王女…?」
俺はまだ彼女の温もりの残る手に、茫然とした思いで目を落とす。
幻ではない。
一瞬で芽生えてしまった理解しきれないこの気持ちも。
俺はその掌をゆっくりと握り締めると、彼女の去った道をいつまでも見詰めていた。
名も知らぬ君に想いを馳せながら―――――
おわり
そして言葉を失った。
時間が止まったのでは、と初めて…思った。
「あ…。」
背後にいた人物は、俺と同じように驚いて声を発した。
月の光のような銀色の長い長い髪は、風が吹く度にサラサラとなびく。
大きな空色の瞳は俺の事を真っ直ぐに見つめていて、瞬きをする度にその長い睫毛は揺れる。
透けるような白い肌に桜色の頬。赤い唇。
パールのような美しいドレスは今まで見たこともないような作りだった。
そして声…。
今小さく呟かれたその声は、まるで天から降ってきたような透き通った美しい響きだった。
なんて
なんて美しい人なのだろう――――――
俺は今まで抱いたことのない気持ちを胸に宿しながら、一歩彼女の方に足を踏み出す。
今自分が王子であるということを完全に忘れていることにも気付かずに…。
しかし彼女はビクリと肩を揺らして一歩後ずさる。
「あ…あの…ごめんなさい…!」
そしてギュッと瞳を閉じて体を強張らせていた。
「あ…私こそ名乗りもせずに失礼しました。私はこの国の王子…エンディミオンです。」
「存じ上げております…。」
俯いたまま彼女は小さくそう返事をする。この距離からだとその表情はよく見えない。
「あなたは…?」
俺は一歩近づく。
彼女は一歩後ずさる。
「私は…」
そこまで彼女は言うと首を横に振り、「ごめんなさい!!」と謝り踵を返して走り出してしまった。
「待って下さい…!!」
俺は咄嗟に彼女を追う。
彼女は懸命に走るも、長いドレスやヒールがそれを邪魔してあっという間に追い付いてしまった。
白く細い手首を掴むと、熱が出たわけでもないのに動悸が早くなる自分に訳も分からず戸惑った。
「名前を」
顔が…熱い…。
どうしたことだろう。
掴んだ手首から彼女の体温が伝わってくる。
そう思っただけで自分の体の熱が上がってしまうような気がする。
「名前を…教えてくれませんか?」
未だ振り向かない彼女にそう訊ねる。
「でき…ません…」
彼女の声は震えていた。
「どうしてです?」
俺は肩に手を置いてやんわりと振り向かせる。
「だめ…!!」
初めに目にしたのは涙を溢す瞳。
泣いているのに綺麗だと思ってしまう自分の心に驚く。
そして次に目にしたのは…額の印…だった。
え?そんな…
『古来より月と地球の者同士は互いの国に行くことも通じることも禁忌とされております。言わば、神の掟の一つにて定められているのです。』
顔も覚えていない神官から幼少の頃に聞かされていたことが頭の中に蘇る。
「貴女は…」
「ごめんなさい!!」
手を振り払うと覚束ない足取りで走り去っていく。
俺はそこに金縛りに遭ったかのように動けないでいた。
『月の民は我々と姿形には相違はございません。ただ、王族はその証として代々額に三日月の印があると伝えられております――――――』
「じゃあ彼女は…月の国の…王女…?」
俺はまだ彼女の温もりの残る手に、茫然とした思いで目を落とす。
幻ではない。
一瞬で芽生えてしまった理解しきれないこの気持ちも。
俺はその掌をゆっくりと握り締めると、彼女の去った道をいつまでも見詰めていた。
名も知らぬ君に想いを馳せながら―――――
おわり
