一瞬で(エンセレ)
冬の厳しい寒さに耐え、ようやく木々に新芽が出てきた春の頃。
俺は戦地の訓練の一貫として、地球国の広大な面積を誇る森に四天王と狩りに赴いていた。
「マスター!俺と勝負しようぜ!」
ネフライトが豪快に馬を走らせて目の前で止まり、俺にそう言ってくる。
成人しても以前とあまり態度を変えずに接してくるのは彼だけで、ネフライトに言ってはいなかったが、俺は内心嬉しかった。
「ネフライト。その物言い、図々しいとは思わないのか?」
俺の横にピタリと馬を付けていたクンツァイトが片眉を上げて向かいにいる男に釘を刺した。
俺は苦笑してクンツァイトを見る。
「そんなことはない。よし!ネフライト、勝負しよう。」
俺は手綱を引いて馬の速度を上げる。
「そうこなくっちゃ!…って速いぜマスター!!」
ネフライトの慌てた声を背後に、俺は颯爽と森を駆け抜ける。
この森の地形は熟知していた。どこに馬を休ませる泉があるか、どこに標的の鹿が出やすいか…どこに行けば四天王の護衛から掻い潜られるか…。
「マスター!!」
ネフライトの後ろからクンツァイトが声を荒げて俺を呼んでいたが俺は構わずに更に速度を上げていた。
彼が必死に呼ぶ理由は、またしても俺のことをこの森で見失わない為だと、分かっていたから――――
こんな時くらい…一人になりたい。王宮の中ではそれは絶対叶わないのだ。
国の重責を背負う王子から
ただの17歳の一人の男として、少しくらい過ごしても大罪にはならないだろう?
ネフライトやクンツァイトが呼ぶ声がどんどん小さくなっていく。
今更俺の馬術を恨むなよ?教えたのはお前たちなのだから。
俺は、俺しか知らない道なき道を走り抜けて、誰も知ることのない美しい花々が咲き、澄んだ水が流れる小川が細く走る秘密の場所に辿り着いた。
馬から降りると小川の水を飲ませ、近くにある木に手綱を付ける。
そして優しく毛並みを撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振る愛馬と目が合い、微笑んだ。
「トープ、大丈夫だ。すぐに戻るよ。俺だって、この身がどれだけ周りにとって大事な存在であるかということくらい、分かっているのだから…。」
俺は撫で続けながら徐々に視線を落とす。
トープが心配そうに一鳴きした。
そして俺は、目の前に広がる美しい光景に視線を移すと、空っぽの心を満たそうとする。
自分が何者であるのかということをこのひとときだけ忘れようと、努力する―――――
けれどやはりどんな景色を目にしても、それは虚しい試みであることに…気付いていた。
俺は、自嘲気味に僅かに口の端を上げる。
逃れられない運命。
投げ出そうとも思わない使命…。
もう…戻ろう。
そう思った時だった。
パキ…
それは背後で、草の上に落ちている小枝を踏む小さな音だった。
俺は戦地の訓練の一貫として、地球国の広大な面積を誇る森に四天王と狩りに赴いていた。
「マスター!俺と勝負しようぜ!」
ネフライトが豪快に馬を走らせて目の前で止まり、俺にそう言ってくる。
成人しても以前とあまり態度を変えずに接してくるのは彼だけで、ネフライトに言ってはいなかったが、俺は内心嬉しかった。
「ネフライト。その物言い、図々しいとは思わないのか?」
俺の横にピタリと馬を付けていたクンツァイトが片眉を上げて向かいにいる男に釘を刺した。
俺は苦笑してクンツァイトを見る。
「そんなことはない。よし!ネフライト、勝負しよう。」
俺は手綱を引いて馬の速度を上げる。
「そうこなくっちゃ!…って速いぜマスター!!」
ネフライトの慌てた声を背後に、俺は颯爽と森を駆け抜ける。
この森の地形は熟知していた。どこに馬を休ませる泉があるか、どこに標的の鹿が出やすいか…どこに行けば四天王の護衛から掻い潜られるか…。
「マスター!!」
ネフライトの後ろからクンツァイトが声を荒げて俺を呼んでいたが俺は構わずに更に速度を上げていた。
彼が必死に呼ぶ理由は、またしても俺のことをこの森で見失わない為だと、分かっていたから――――
こんな時くらい…一人になりたい。王宮の中ではそれは絶対叶わないのだ。
国の重責を背負う王子から
ただの17歳の一人の男として、少しくらい過ごしても大罪にはならないだろう?
ネフライトやクンツァイトが呼ぶ声がどんどん小さくなっていく。
今更俺の馬術を恨むなよ?教えたのはお前たちなのだから。
俺は、俺しか知らない道なき道を走り抜けて、誰も知ることのない美しい花々が咲き、澄んだ水が流れる小川が細く走る秘密の場所に辿り着いた。
馬から降りると小川の水を飲ませ、近くにある木に手綱を付ける。
そして優しく毛並みを撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振る愛馬と目が合い、微笑んだ。
「トープ、大丈夫だ。すぐに戻るよ。俺だって、この身がどれだけ周りにとって大事な存在であるかということくらい、分かっているのだから…。」
俺は撫で続けながら徐々に視線を落とす。
トープが心配そうに一鳴きした。
そして俺は、目の前に広がる美しい光景に視線を移すと、空っぽの心を満たそうとする。
自分が何者であるのかということをこのひとときだけ忘れようと、努力する―――――
けれどやはりどんな景色を目にしても、それは虚しい試みであることに…気付いていた。
俺は、自嘲気味に僅かに口の端を上げる。
逃れられない運命。
投げ出そうとも思わない使命…。
もう…戻ろう。
そう思った時だった。
パキ…
それは背後で、草の上に落ちている小枝を踏む小さな音だった。
