それは突然(クンヴィ)
――月の者とは関わってはなりません――
それを初めて口にした時は、掟を破り、ご自分の立場をおざなりにして逢瀬を重ねているマスターにお伝えしているだけだった。
己の気持ちに気が付くまでは。
「プリンセスー!!」
新緑眩しい森の中、いつものように好奇心旺盛の王女を探しにきた彼女の声が響き渡る。
「まーったくもー!どこ行っちゃったのかしら!」
マスターをその姿から少し離れた場所で護衛していた私は、思わずその言葉に吹き出してしまった。
彼女、セーラーヴィーナスは黙っていれば愛の星金星の美の女神の化身のような美しい少女なのに。
性格はその外見とは真逆。男勝りで大雑把な竹を割ったような精神の持ち主だった。
何度か会っているから充分承知だったが、やはり面白くて仕方が無い。
「ちょっとクンツァイト!」
私に気付いた彼女は初めから咎めるかのような口ぶりで話し掛けてくるものだから、ついやれやれと大袈裟に両手を広げてしまう。
「何でしょうか?ヴィーナス殿。」
「貴方ねー笑ってないで教えなさいよ!地球の王子とプリンセスはどこにいらっしゃるの!?」
顔を赤くしながら今にも掴みかかりそうな勢いで捲し立てる。
「いや失礼。相変わらず守護戦士殿は威勢が大変よろしくて何よりです。
お二人ならこの先の湖にいらっしゃるぞ。もうすぐ隣国との会議だからマスターに声をお掛けしようと思っていたところだ。」
恭しくお辞儀をしながらいつものように皮肉を一つ言った後、湖の方に親指を向けて話せば、彼女は更に顔を赤くして大声をあげた。
「クンツァイトはどうしていっつもそんなにのんびりなのよ!!もうすぐ会議だから、じゃないでしょ!?
掟を破っていらっしゃるのよ!?もっとしっかり王子を止めなさいよ!!」
矢継ぎ早に言う彼女に少し面くらってしまったが私はゆっくりと言い返す。
「勿論。今まで何度も止めてきたさ。何度もな。だが今のお二人に何を言おうが届かん。」
そう言いながらも心の中では
――もし、この事によってマスターの身に何か起こるなら…いや起こさせない為にも、例え命を落とそうとも私は全身全霊でお衛りする――
そう固く誓っていた。