その名前は(クン美奈)

彼は私の手を離すと、眼下に広がる街の景色を黙って眺めていた。

私が頬に濡らすものが乾くまで静かに待っていてくれている。


そんな何気ない優しさが私の心を震わせて、止まりかけていたそれがまた溢れだす。



しばらくして、私の呼吸もだいぶ落ち着いたころ、彼はあの女の人のことについて話してくれた。



「沙紀は、確かに俺の恋人だった。でも、俺がダークキングダムに堕ちる前に別れていたんだ。彼女は他に好きな男ができて、今もそいつと続いていて来年結婚するそうだ。まあ、失踪した俺のことはそれなりに心配していたみたいだけど…今さら付き合うとかそういう関係には絶対ならない。」


恋人…だったんだ。


今は何もなくても、過去にあの人と付き合ってたという事実がやっぱり少しショックだった。


「ホントにもう、付き合うこと…無いの…?絶対?」

顔を見て聞くのが怖くて、視線は街から離せないでいた。

「ああ。もう終わったことだからな。」

「ふーん。」

ずびっと鼻水をハンカチで啜る。

すると隣から笑い声が聞こえてくる。

「お前は本当に変わらんな。黙っていれば綺麗なのに。」

「な!何よ!」

綺麗って…さらっと言わないで欲しい。

柵を掴んでいた手に、彼の手が触れる。

今度は振りほどかなかった。恥ずかしいけど…嫌じゃなかったから…。


「なあ」


「何よ?」


「やっぱり俺はお前のこと、美奈子って呼びたいんだが…嫌か?」


「バカ!」


私は彼の胸の中に顔を埋める。


「嫌な訳ないでしょ!?呼びなさいよ!バカ賢人!」


賢人は私の行動に驚いていたみたいだったけれど、ゆっくりと私の髪を鋤くように触れる。そしてぽかっと軽く頭を叩く。


「バカ、は余計だぞ。美奈子殿?」


「…バカ。……でも好き。」



消え入りそうな声で言ったその言葉は、ちゃんと賢人に伝わっていたらしく、ぎゅっとその腕に抱き締められた――――――







おわり
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