黄昏の旋律(ゾイマキュ)

私はもう一度カンバスを見つめる。

今まで誰にも私の描いた絵など見せたことはなかった。王宮に仕えている両親ですら、忙しくて娘の趣味に気付いてなどいない。

でも

この絵は、彼には見せてもいいと思った。

いいえ

彼に、どうしても見て欲しい―――そう、思った。


それと同時に頭に巡るのは掟のこと。

月と地球。本当なら通じ合ってはいけない間柄。


月の人間で、プリンセスの守護戦士である自分から、進んで地球の王子の四天王に会いに行くなんて…到底あってはならない話だ。


だけど知りたいと思う。

今まで私に対して、相変わらずすました態度で話して、尚且つ嫌味も忘れない。

芸術だけでなく、その知識は計り知れなくて、チェスでも勝敗は半々。


そんなあの人が、私のこの絵を見てどういう反応をするのか…。


ただ純粋に知りたいのだ。

「ゾイサイト…」


私は知らず彼の名を呟いていた。




「この絵を…見せるだけよ。」

私は言い訳するかのようにひとりごちる。

次に取った行動は、そのカンバスを大きな布で包んで後先考えずに部屋を飛び出すというものだった。

いつもの私では考えられない行動に、自分自身も少し混乱したけれど、それよりもゾイサイトの所に行きたいという気持ちが更に足を早まらせたのだった。






地球に着くと、雨は降っていなくて、代わりに目に染みるような夕焼け空が広がっていた。


そんな中、私はあのガラス張りの彼の部屋を目指して風のような早さで森を突き進む。


今まで私は…プリンセスのこと以外で、こんなに一生懸命だったことがあったかしら…。


これ以上彼と関わるのはきっと良くないわ。


絵を見せたらもう…終わりにしなければ…。



そんなことを考えているうちにいつもの部屋の前まで来ていた。

中からはいつものようにピアノの調べが聴こえてくる。

何故か、泣きたくなるような旋律で…


その音楽を奏でる彼のことを見れば、胸の奥がぎゅっとなって…私はそこから一歩も動けなくなってしまっていた。



何?この気持ちは…



知らないわ



こんな気持ち―――





私は彼の横顔を見つめながら、込み上げてくるどうしようもない気持ちを持て余していた。
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