黄昏の旋律(ゾイマキュ)

あの日から、彼が美しくピアノを弾く姿が、雨をバックにした情景と共に頭から離れないでいた――――




「マーキュリー。」

不意に後ろからジュピターに声を掛けられる。

「最近、休みの間はずっと部屋にこもってるみたいだけど…一体何してるんだい?書庫なら分かるけど、自室にずっといるなんてこと無かっただろ?」

「あら…そうかしら?」

「まあ自由時間なんだから何しててもいいんだけどさ、庭園にも全然来なくなったから何となく気になって。」

確かに普段なら庭園に行ってジュピターと花や肥料の研究をしたり、書庫で朝から晩まで様々な文献を読み漁るのが私の休日の過ごし方だった。

「ごめんなさい心配かけて。ちょっと今、あることをしているものだから…。」

「あること?何かの研究かい?」

「え?ええ、まあ、ね。」

少し歯切れ悪く返答したから変に思われたかと思ったけれど、ジュピターは納得してくれたみたいで、「そっか。頑張れよ!」と笑顔でそう言って、その場を去って行った。


私は小さく溜め息を付くと自室に入る。

部屋の真ん中にはカンバスが三脚に立て掛けられ、油絵の具がその横に整然と並んでいる。

カンバスの中に広がる世界に目を落とすと、自然と笑みがこぼれる。



絵画は周りの人間もほとんど知らない、私の密かな趣味だった。

チェスや読書なども、頭をクリアにするために好んでするけれど、何にも囚われずに感覚のままに筆を走らせて形にしていく絵画も好きだった。




ゾイサイト


それが彼の名前。

知り合ったあの日の去り際に互いに名を明かして、それからは何度か会うようになった。

それは決まって雨の日。私が地球に護衛に行くときは何故か雨の日が多い。

「さすがセーラーマーキュリー。筋金入りの雨女ね。」

いつの日だったか彼に苦笑された。



この絵は、彼のピアノを聴いて、溢れてくるイメージを描いたものだった。

最初はそれだけだったけれど、描いていくうちに、ゾイサイトのことを無意識に考えている自分がいて―――

そんな自分に戸惑いながらも、色々な気持ちをこの絵に込めていった。

1/3ページ
スキ