水彩の如く(ゾイマキュ)

私がガラス張りの向こう側の景色を食い入るように見つめていると、彼が後ろからツイッとタオルを差し出してきた。

「ピアノ、濡らされちゃ困るからこれで拭いてよ。」

「ピアノ?」

私の言葉に目を丸くして、さっきの木片の並ぶ物の前に行き、それを軽く叩く。

「これのこと。月にはないの?ピアノ。」

信じられないというような顔付きで聞いてくる。

「ありません。音を鳴らせるものは無いんです。。歌と…音を鳴らす機械だけです。」

私、まだまだ勉強不足だったのね。こんなに素晴らしいものを知らなかったなんて…。

「ふーん?随分つまらない星だね。楽器がないなんてさ。」

「楽器…」

私はもう一度『ピアノ』に視線を落とし、さっきまでの彼の作り出す響きを思い出していた。

そんな私に対して不思議そうな表情を向けていたけれど、しばらく何も言わずにピアノばかり見続けていることに呆れたのか本を取り出して、優雅に椅子に座って読み始めた。


「あの!」

呼び掛けると目だけ私の方を向く。

「もう一度、ピアノ…お願いできませんか?私、初めて聴くこの音にすごく感動してしまって。できればこの技術を月に持ち帰りたいんです。」

「良いけど、私は弾くだけだからね。構造とかはジェダイトに聞いてよ?」

さっきまでの彼の態度を考えれば断られるかもしれないと思っていたので、ホッとした。

「構いません。お願いします。」

興味を持ったものはとことん突き詰めて覚えたいという私の性分がまた出てしまった。


彼は再びピアノの前に座る。

「さっき弾いていた曲は『雨』ってタイトル。今の天気に丁度いいでしょ?」

そう言う声は、すましていて冷たい印象も受けるけれど、部屋に入れてくれたり私の頼みを聞いてくれるのだから案外人が良いのかもしれない…。



鍵盤を流れるように指が動き、美しい音が鳴り響き出す。

ポツ…ポツ…という雨音と

ポロン…ポロン…というピアノの音がリンクして、私の心を満たしていく…。

ガラス張りの向こうの雨を見ると、叩きつけるように降り注ぎ、ユラユラと波紋を作って流れていく。

ピアノが出す響きと、外の世界がまるで水彩画のような淡くて繊細なものに思えて、私は、彼の演奏に水中でゆったりと泳ぐかのように身を任せていった。






おわり
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