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「あ…の、西園寺さん?」
小さなノックの音の後、亜美がそれに負けず劣らずか細い声で呼び掛けてくる。
その様子がやっぱり可笑しくて、少しだけ笑うとドアを開いた。
でも彼女の姿を見ると、自分で「綺麗にして」と注文したくせに予想の斜め上を行く変身振りに言葉を失ってしまった。
さらさらのサテンの薄いブルーの生地に白いレースが施されていて腰には太めの青いリボンが巻かれ胸元にはそのリボンと同じ色のバラの装飾が付いている。
私が何も言わないからか彼女は酷く恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らす。
「すみません…家政婦さんに用意された服…私には素敵すぎて…似合いませんよねすみませんすぐに返してきま」
「どうして?似合ってるよ。」
畳み掛けて去ろうとする気配を感じた私はその言葉を遮って彼女の手首を掴んだ。
更に真っ赤になって、瞳が落ちそうなほど見開いてうっすら涙目でこちらを見てくる彼女。
そんな仕草に自分の心の感覚のセンサーが全て彼女に向けられていくのを感じていた。
「どうぞ。」
脇を引いて入室を促すとおずおず歩み寄ってくる。
「お…お邪魔しますっ」
声が裏返るほど緊張している彼女に口端が上がるのを止められずに隠すように手で覆った。
亜美の行動に一喜一憂している自分を晒すのがやはり少しだけ恥ずかしいのかもしれない。
「ピアノ…」
部屋の中央にあるそれをまず目にして彼女は呟いた。
「何かリクエストがあれば弾くよ?」
「え!?…あ、でも」
一瞬すごく嬉しそうに聞き返すもすぐに言い澱む。
「何?」
「今日はその…っ話しに来たんです。」
「…そう。私も亜美に話したいことがあるの。」
そうだった。今日はピアノに頼らないで自分の言葉で大切な君に――――
「感動したんです!!演奏、とても素敵でした。勝手に涙が出ました。すごく…すごく温かくて繊細で力強くて優しくて…!!本当に…感動したんです。
私、西園寺さんのことを知りたかったんです。いつもどこか本当の自分を隠しているあなたが何を考えているのか…知りたかったんです。でも知るのが怖くて拒まれたら私はとても耐えられないと思ったから。
勇気がなくて臆病で狡くて可愛くなくて…私…!!」
まるでそれまでの彼女自身の気持ちを全て吐き出すように一気にそこまで話すとじわっと涙を滲ませて黙ってしまった。
亜美がこんなに自分のことを話すのを初めて見た私は、湧き上がる思いを堰き止めることが困難になる。
「ねえ。」
「な…何ですか…?」
「抱き締めて、いい?思いっきり。」
「…え?」
私は驚いている亜美に微笑みその腕の中にしっかりと彼女を包み込んだ。
「さ…西園寺さん…!!」
「演奏の感想どうもありがとう。亜美にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ。」
「それはっ…こ、光栄です…。」
「やめてよそんな言い方。笑っちゃうじゃない。」
くすくす笑いながら冗談ぽく言うと、彼女は涙混じりの声で反論する。
「だ…だって無理ですこんな状況で普通になんか話せない…」
「そうね。私も逃げてばかりだったけど、もうやめる。もう…亜美から、自分から逃げない。」
今度は真面目にそう言うと彼女はゆっくりと顔を上げて探るように私のことを見つめてきた。
「演奏を聴いて、もう分かってるかもしれないけど、でも、ちゃんと言わせて。」
私も瞳を逸らさずに亜美のことを見つめる。
音一つ立てない美しい泉のような水色の瞳。
でもそれは胸に秘めた様々な想いが溢れ出す決壊寸前の静けさのようにも思えて。
そんな彼女に後押しされるようにゆっくりと唇を開いた。
「好きだよ。」
偽りの無い自分の、偽りの無い本当の気持ち。
それから数秒後。彼女が流した一滴の雨はとても、綺麗で。
僕も泣きそうになったんだ。
『やっと言えた』
『あの頃からずっと抱いていた唯一の言葉』