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私が素の言葉を空を見上げながら吐いたあと、ポツリポツリと頬の涙に被せるように雨が降ってきた。
今夜は雨雲だったのか。
そのときに初めて今の天候を知った。
雨は徐々に勢力を増して、ベージュの上着を焦げ茶色に変えていく。
真っ直ぐ家に帰る気はしなくて、目に入ったCDショップに足を踏み入れた。
そこに入れば大きく宣伝される一人のピアニストのポスターが嫌でも目に入ってきた。
『ヨーロッパで活躍する世界のShoko Saionji遂にベスト盤リリース!!』
西園寺聖子。もう随分会っていない母親がそこに華々しく写っていた。
きっと彼女は私がダークキングダムに落ちたときに失踪していたことすらよく知らないだろう。
父親も、私が帰ってきたときは殆んど無関心だった。
成績を落とさずに卒業さえ出来るなら何でもいい。というようなことだけ言われた気がする。
父親は脳外科。母親は世界を駆け巡るピアニスト。
母が家にいないのは普通のことで、むしろ日本にすらいない状況は当たり前のことだった。
私は幼少期、あの大きな家に使用人と過ごす日々を余儀なくされていたけれど寂しいと感じたことはなかった。
なぜなら私にはピアノがあったから。
たまに帰ってくる母からピアノを教わることが何よりも楽しみで、いない間は偉大なる指導者である彼女を少しでも驚かせようと毎日鍵盤に指を滑らせていたから、寂しいと感じている暇はなかったんだ。
『あなたには才能があるわ。私と一緒にパリに行って本格的にピアノを勉強しなさい。』
笑顔で言う母はとても綺麗で、子供ながらにすごく嬉しかった。
自分のことを認めてもらえたことが、自分という存在が彼女にとって必要と思ってもらえたことが嬉しかったんだ。
けれど父親は私が海外へ行くことを反対した。
彼は彼で私に医学の道に進んで欲しいと願っていたから。
私は人の命を救う医師という仕事をしている父親のことも尊敬していたし、ピアノが上達するたびに真っ先に褒めてくれていたのもまた彼だったから。
あの優しい瞳で頭を撫でてくれる大きな手を持つ父の言葉も無下にはできなかった。
『僕は…ここで頑張るよ。』
日本でピアノを続けることをそうやって伝えると、母は寂しそうな顔をしたけれどすぐに頷いてくれた。
『お医者様になるか、ピアニストになるか、別の人生を歩むのか。決めるのは要よ。』
それだけ言うと、再び渡欧してその後は何年も日本に帰れないほどの演奏旅行を繰り返していった。