5
「待って!」
会場の外で傘も差さずに去っていく彼女を追いかける。
私の声に息を止めるかのような仕草で体を揺らす彼女は背を向けたまま動かない。
「亜美「分からないんです!!」
名を呼ぼうとした声が悲鳴のような彼女の叫びに掻き消される。
「私…あなたのことが分からないんです。」
「そう。奇遇ね…私もあなたのことが全く分からないわ。」
大して動ずる事もなく切り返す私の言葉や口調に疑問を持ったのか彼女はゆっくりと振り返った。
その涙は悲痛な心を映しているようで、前世のあの日見られなかった彼女の零れたもののようにも思えて。
気付いたら濡れた彼女の肩を掴んで引き寄せていた。
「西園寺さん…?」
「亜美は確かに雨が似合うけど、こんな風に泣かれるのは嫌。」
亜美のこと、亜美の気持ちが分からないのは本当だけれど。
それよりも今は、ただその涙を腕の中に隠してしまいたかった。
何を言っていいのかは分からない。
でも肩を震わせる彼女を支えることくらいはできる。
彼女が望むような逞しい腕じゃないかもしれないけれど。
「私…西園寺さんがあんな風に誰かに笑うんだって思ったら…すごく悔しくて。なのに頭からあの演奏が離れなくて。そしたらもっと悔しくなって…。こんな自分が嫌なんです。
こんな自分にしてしまうあなたのことが…」
「嫌い?」
肩に埋めたままの顔がピクっと動いてまた止まる。
「…もう大丈夫ですから。帰ります。」
両手で私の体を押して俯いて彼女はそう言った。
そして振り切ってそのまま走り去っていく。
「亜美ちゃん!!待って!!」
うさぎが水音を立てて背後から現れる。
おそらく私たちのやり取りを見ていたのだろう。
それでもさっきまであった腕の中の確かな体温が消えていく喪失感に苛まれて悪態を付くことも出来ずにいた。
うさぎはそんな風に立ち尽くしている私の事をキッと睨んでくる。
「西園寺さんの馬鹿!亜美ちゃんがどうして今日来たのかも知らないで!!」
「え…?」
「亜美ちゃん!!」
意味も分からない言葉を残して、水色の髪の友人を追いかけて雨の向こうに消えていった。
『走り出した想いは』
『もう止まらない』