50,000hit『crybaby』


「あ、この本」
 リビングの本棚で背表紙をなぞっていたあたしは、あの時の宇宙の本を見つけて引き抜いた。
 ここはまもちゃんち。彼はキッチンでコーヒーを淹れてくれている。んーいい香り♡
 あたしはあの頃を思い出して懐かしさに微笑むと、大好きな恋人に声を掛けた。
「まもちゃーん、ここにある本、読んでもいい?」
「もちろん。どうぞ」
「へへ。ありがと」

 ソファーに座って表紙をそっと撫でる。
「やっぱり綺麗だな…」
 青い星地球が大きく映っている表紙は、ちょうど太陽が照らし始めたタイミングで。地球を覆う雲の色まで輝いて見える。
 ぱらぱらと捲ると、太陽や惑星、宇宙望遠鏡で撮った星雲、色々な写真やイラスト、解説がどのページにも載っていて、この本があの頃のまもちゃんとあたしを惹きつけたのも自然なことだったのかもしれないなあ……。なんて思う。
「コーヒーお待たせ」
「まもちゃん」
 見上げると優しく見つめる彼がいて。あたしはありがとうと返事をした。コーヒーと一緒にあたしの大好きなお店のクッキーまで出してくれてる。
 本を閉じてテーブルに置こうとしたら、コーヒーを置いたまもちゃんがそれを手に取った。
「ああ、この本か……」
「まもちゃん覚えてる?」
「うん」
 そう言って横に座るとおいでおいでして腕の中に引き寄せてくれる。ふふっやっぱりここが一番落ち着くなぁ。
 甘くて幸せな気分で、一枚取っておいたクッキーを食べていると、まもちゃんは膝に置いた本を片手でぱらぱら捲ってふと眉を下げて笑った。
「あの時、このページを開いたうさが突然泣き出したんだよな」
「うん、そうだった。ごめん…困らせちゃったよね?」
「いや、困ったのも本当だけど…」
 まもちゃん? と見上げると、頬をそっと撫でた彼が綺麗な瞳で見下ろしていて、それが閉じられた次の瞬間。あったかくて優しいキスをされた。
「甘…」
 くすくす笑って唇をちろっと舐められる。
 だ、だって! チョコチップクッキーを食べてたんだもん。しょーがないじゃない!
「そうやってあのときも真っ赤になってただろ? だから、すごく可愛かったなって思い出してた」
「もう!」
「ははっごめん」
 そうやってギューーッと抱きしめてくれるまもちゃんにときめくあたしだけど、ちょっとしてからハッとする。
「また本落としちゃうよ!」
「えー」
 ブラウスの裾からもぞもぞと侵入した大きな手で直接腰を抱き寄せている彼の声は不満そうだ。
「えーじゃないでしょ! ん…っまもちゃんとあたしの大事な思い出の本なんだよ?」
「分かったよ。これでいい?」
 しぶしぶ本をテーブルに置いて、ついでにあたしの持ってたクッキーをひょいと取ると一口齧ってお皿に置いた。
「ん、うまい」
「なんかおぎょーぎ悪いよまもちゃん」
「うーん、すみませんでした。でもさ…」
 トサッとソファーに上半身を寝かされて驚く。
 声をかける前におでこにちゅっとキスされて、逃げられない強い視線を向けられたあと、さっきよりも荒々しい深いキスをされた。
 これは、あたしの事が食べたいとか…そーゆーことなんだろうか。そんな自分の思考にショートして、ドキドキと胸が信じられない速さで脈打ちながらも、あたしの両手は自然とまもちゃんの体をきつく抱きしめていた。
「まもちゃ…」
「うさ、だめ?」
 熱くて甘い吐息を交えて聞いてくる恋人はどうにかなっちゃいそうなほどかっこよくて、かわいくて。
 あたしは首を小さく横に振ると、彼の口の端に付いたチョコをペロッと舐めとる。そして目元を真っ赤にしたまもちゃんに微笑み返した。

 息も付けないほどのキスをされたのは、そのすぐあと。


おわり
2023.12.15
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