白夜(まもうさちび)
第一話 『昇らない月』
最近ね、やたらと思うんだ。
まもちゃん、私の事よりちびうさのほうが大事?
私たちの未来の娘だから可愛がるのは分かる。
でもね、さすがに今日はちょっとへこんだよ。
※※※
「え? まもちゃんとちびうさが二人で出掛けてた!?」
いつものようにパーラークラウンで皆とお茶していた時、レイちゃんの言葉をそのまま大声で繰り返した。
「うさぎ。落ち着きなさいよ。みっともない」
レイちゃんはそんな私に涼しい顔で言い、髪をかき上げて私のことをジロッと睨んだ。
「だって! だって…!! そんなの私知らないもん!! 落ち着いてなんていられないよ!」
それでも私の興奮は冷めなくて身を乗り出して反論する。
「まあまあ。いいじゃないか。仲が良いってことだろ?」
「まこちゃん、今はそのフォローはちょっと…。ホホホホ」まこちゃんと美奈子ちゃんの会話にバッと視線を向ける。
「ちっとも良くない!!」
「ほーら、ね」
「……ごめん」
まこちゃんがしょんぼり謝る姿を見て少し冷静さを取り戻す。
私、なにやってんだろ。友達に八つ当たりなんかして。
「ううん、私の方こそ…ごめん」
ふうと溜め息を付いて大人しくアイスティーを飲む。だけどそんな調子も、レイちゃんの言葉ですぐに崩れてしまった。
「それにしても…なんだかあの二人、誰も入り込めないような世界作ってたわねえ。私も声掛けそびれちゃったし」
「レイちゃーん…」
私は耐え切れず目に涙を溜めて恨めしそうに彼女を見る。
「もう! うさぎって本当にバカね。自分の娘にそこまで本気にやきもち焼けるなんて」
「あー!! すぐに人のことバカバカ言う!! 酷いよっ!」
「私だって誰にでも言う訳じゃないわよ。でもあんたは本当にバカなんだから仕方ないでしょ」
「またバカって言ったーー!!」
「ふん!」
「天性の馬鹿…。レイちゃん、言い得て妙ね」
まこちゃんに頭を撫でられている泣いた私の正面で、亜美ちゃんまでもが爽やかな笑顔でそんなことを言い出す。
「亜美ちゃん!!」
「あ…ごめんなさい」
「まったく。レイちゃんとうさぎちゃんったらいつも喧嘩ばっかなんだから。まあでも、喧嘩死ぬほど仲悪いって言うしね♪」
「美奈子ちゃん、それ、余計に悪化してるよ…。死ぬほどって…」
頭上の二人の会話を聞いて更に追い討ちを掛けられる私。
「もう! 絶対みんな楽しんでるでしょ! いいもん。まもちゃんに直接聞いてみるんだから!」
私は一人、立ち上がって決意を示すと、それまでやいのやいの言っていた皆はポカンとした顔して見上げていた。
※※※
私はまもちゃんのマンションの彼の部屋の前で大きく深呼吸すると、勢いよくインターホンを押した。
「お邪魔します!!」
「うさこ? どうしたんだそんな怖い顔して」
ドアが開いて挨拶をして靴を脱ぐとそのまま部屋へと上がり込む。
「まもちゃん!!」
そのままリビングへ進んだ私は、ぐるっと振り向いてぐっと奥歯を噛み締めて見つめると、彼は一歩後ずさる。
「わ!? びっくりした。だから何だよ?」
「ちびうさと二人で昨日出掛けてたって本当?」
ちょっぴり涙目で聞く。すると彼は顎に手を当てて困ったような顔をした。
「うさこ、誰から聞いたんだ?」
「レイちゃんだよ! 昨日二人が仲良さそうに歩いてるのを見たって。声は、掛けられなかったみたいだけど…!」
「そうか…見られてたか」
「本当なんだ?」
「ああ」
「まもちゃん、昨日、私がデートに誘ったら、先約があるからって断ったよね?」
「ああ」
「ちびうさのことだったんだ」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでそう言ってくれなかったの?」
「それは…」
目を逸らして黙る彼を見て、レイちゃんの言うとおり、私は馬鹿みたいに不安になる。
「…私に、内緒にしなくちゃいけないことでもあったの?」
「うさこ、変な誤解するなよ。ちびうさは俺たちの娘だぞ?」
「そうだけど、未来の私たちの子供でしょ!? 今はまだ違うもん!」
私は言ってからはっとなる。
黙る彼を見ると、怒っているようで悲しげな目で私を見つめていた。
「うさこ、悪いけど今日は帰ってくれ」
ふいと視線を逸らされて酷く冷たい声で言われて、私はすぐに後悔する。
そんなこと思ってない。ちびうさのことを本気で邪魔だなんて思ってない。
ただ少し、寂しかっただけなの。まもちゃんとのデートが駄目になったのだけが理由じゃない。
三人で…私にも一緒に行こうって声を掛けてもらえなかったのが寂しかったの。
でも、彼の拒絶を全身に感じて、思っていることを何一つ言葉に出来なかった。
「うさこには…そんな風に言って欲しくなかった」
悲しそうに紡がれる彼の言葉に涙が溢れる。
でもやっぱり何も言えなくて、背を向けてしまった彼の後ろ姿を最後に、私は部屋を飛び出した。
※※※
激しい後悔と悲しみが心を支配した状態のままで、ルナから敵の報せが入る。
月野うさぎとしての自分がどれだけ辛くても、セーラームーンとして行かなくてはならない。
何度もそれは経験してきたはずなのに、今日ばかりは少し体が重かった。
その場に着くと、もちろんタキシード仮面とちびムーンの姿もあったけれど、私はどうしても二人を正面から見ることが出来ないでいた。
またまもちゃんにあの目で見られたら、私は戦いすらも放り投げて逃げ出してしまうかもしれなかったから。
今回の敵は手強かった。五戦士の技を駆使してようやく追い込んで私が必殺技のためにスティックを構えた、その時。
最後のあがきか、突然敵がある人物に目掛けて攻撃を放つ。その先を見た私は戦慄が走る。
「ちびムーン!!!」
その後の自分の行動はよく覚えていない。
無我夢中でちびムーンのところに飛び出して突き飛ばし、頭に激痛が走ったかと思えば、途端に視界が真っ白になった。
私、ちゃんと守れたかな。
私と、まもちゃんの…大事な大事な…あの子を…
まもちゃん…ちびうさ…酷いこと言って…ごめんね
意識が保たれたのはそこまで。私は深い闇に包まれていった。
※※※
どこからか規則正しいリズムを刻んだ機械音と、閉じた瞼から感じる柔らかい光が、私を真っ暗な何もない世界から呼び覚ました。
始めに見えたのは白い天井。光は揺れるカーテンの間から入る暖かな陽。
そして、横にいるのは。
「うさこ!! 良かった…! 目を覚ましたのか!? 今先生を呼ぶからな!」
顔を見るなりそう言って慌てた様子でナースコールを押す。
私の左手には点滴が打たれていて、胸元にはコードが付けられ、機械音の正体は自分の心音だったということに気付く。
目が覚めた時から感じていた点滴が打たれた先の手に温かさに視線を向ければ、今横にいる彼の右手にしっかり握られているのが映った。
ぼんやりとしていた視界と気持ちがそれで一気にはっきりとして、すぐにその手を離す。
「うさこ…?」
いぶかしげに問いかける呼ばれ慣れないその言葉に何も言えず、ただ彼を凝視する。
綺麗な蒼い瞳は私のとった行動に揺れていて、すぐ下は見て分かるほど赤くて、くまができていた。ほとんど寝ないで付いていてくれたのだろうか。
ここは、病院?
どうして?
私は何で彼と一緒にいるの?
『うさこ』って…?私のことなの?
こんなに私を心配している彼のことが分からない。
あなたは
あなたは
「あなたは………『誰』ですか?」
彼を見て初めに思った事を尋ねれば、彼は表情を固めて短く「え…?」と返し、私と同じように言葉を失って見つめていた。
分からない。私の身に何が起こったの…?
つづく
最近ね、やたらと思うんだ。
まもちゃん、私の事よりちびうさのほうが大事?
私たちの未来の娘だから可愛がるのは分かる。
でもね、さすがに今日はちょっとへこんだよ。
※※※
「え? まもちゃんとちびうさが二人で出掛けてた!?」
いつものようにパーラークラウンで皆とお茶していた時、レイちゃんの言葉をそのまま大声で繰り返した。
「うさぎ。落ち着きなさいよ。みっともない」
レイちゃんはそんな私に涼しい顔で言い、髪をかき上げて私のことをジロッと睨んだ。
「だって! だって…!! そんなの私知らないもん!! 落ち着いてなんていられないよ!」
それでも私の興奮は冷めなくて身を乗り出して反論する。
「まあまあ。いいじゃないか。仲が良いってことだろ?」
「まこちゃん、今はそのフォローはちょっと…。ホホホホ」まこちゃんと美奈子ちゃんの会話にバッと視線を向ける。
「ちっとも良くない!!」
「ほーら、ね」
「……ごめん」
まこちゃんがしょんぼり謝る姿を見て少し冷静さを取り戻す。
私、なにやってんだろ。友達に八つ当たりなんかして。
「ううん、私の方こそ…ごめん」
ふうと溜め息を付いて大人しくアイスティーを飲む。だけどそんな調子も、レイちゃんの言葉ですぐに崩れてしまった。
「それにしても…なんだかあの二人、誰も入り込めないような世界作ってたわねえ。私も声掛けそびれちゃったし」
「レイちゃーん…」
私は耐え切れず目に涙を溜めて恨めしそうに彼女を見る。
「もう! うさぎって本当にバカね。自分の娘にそこまで本気にやきもち焼けるなんて」
「あー!! すぐに人のことバカバカ言う!! 酷いよっ!」
「私だって誰にでも言う訳じゃないわよ。でもあんたは本当にバカなんだから仕方ないでしょ」
「またバカって言ったーー!!」
「ふん!」
「天性の馬鹿…。レイちゃん、言い得て妙ね」
まこちゃんに頭を撫でられている泣いた私の正面で、亜美ちゃんまでもが爽やかな笑顔でそんなことを言い出す。
「亜美ちゃん!!」
「あ…ごめんなさい」
「まったく。レイちゃんとうさぎちゃんったらいつも喧嘩ばっかなんだから。まあでも、喧嘩死ぬほど仲悪いって言うしね♪」
「美奈子ちゃん、それ、余計に悪化してるよ…。死ぬほどって…」
頭上の二人の会話を聞いて更に追い討ちを掛けられる私。
「もう! 絶対みんな楽しんでるでしょ! いいもん。まもちゃんに直接聞いてみるんだから!」
私は一人、立ち上がって決意を示すと、それまでやいのやいの言っていた皆はポカンとした顔して見上げていた。
※※※
私はまもちゃんのマンションの彼の部屋の前で大きく深呼吸すると、勢いよくインターホンを押した。
「お邪魔します!!」
「うさこ? どうしたんだそんな怖い顔して」
ドアが開いて挨拶をして靴を脱ぐとそのまま部屋へと上がり込む。
「まもちゃん!!」
そのままリビングへ進んだ私は、ぐるっと振り向いてぐっと奥歯を噛み締めて見つめると、彼は一歩後ずさる。
「わ!? びっくりした。だから何だよ?」
「ちびうさと二人で昨日出掛けてたって本当?」
ちょっぴり涙目で聞く。すると彼は顎に手を当てて困ったような顔をした。
「うさこ、誰から聞いたんだ?」
「レイちゃんだよ! 昨日二人が仲良さそうに歩いてるのを見たって。声は、掛けられなかったみたいだけど…!」
「そうか…見られてたか」
「本当なんだ?」
「ああ」
「まもちゃん、昨日、私がデートに誘ったら、先約があるからって断ったよね?」
「ああ」
「ちびうさのことだったんだ」
「そうだよ」
「じゃあ、なんでそう言ってくれなかったの?」
「それは…」
目を逸らして黙る彼を見て、レイちゃんの言うとおり、私は馬鹿みたいに不安になる。
「…私に、内緒にしなくちゃいけないことでもあったの?」
「うさこ、変な誤解するなよ。ちびうさは俺たちの娘だぞ?」
「そうだけど、未来の私たちの子供でしょ!? 今はまだ違うもん!」
私は言ってからはっとなる。
黙る彼を見ると、怒っているようで悲しげな目で私を見つめていた。
「うさこ、悪いけど今日は帰ってくれ」
ふいと視線を逸らされて酷く冷たい声で言われて、私はすぐに後悔する。
そんなこと思ってない。ちびうさのことを本気で邪魔だなんて思ってない。
ただ少し、寂しかっただけなの。まもちゃんとのデートが駄目になったのだけが理由じゃない。
三人で…私にも一緒に行こうって声を掛けてもらえなかったのが寂しかったの。
でも、彼の拒絶を全身に感じて、思っていることを何一つ言葉に出来なかった。
「うさこには…そんな風に言って欲しくなかった」
悲しそうに紡がれる彼の言葉に涙が溢れる。
でもやっぱり何も言えなくて、背を向けてしまった彼の後ろ姿を最後に、私は部屋を飛び出した。
※※※
激しい後悔と悲しみが心を支配した状態のままで、ルナから敵の報せが入る。
月野うさぎとしての自分がどれだけ辛くても、セーラームーンとして行かなくてはならない。
何度もそれは経験してきたはずなのに、今日ばかりは少し体が重かった。
その場に着くと、もちろんタキシード仮面とちびムーンの姿もあったけれど、私はどうしても二人を正面から見ることが出来ないでいた。
またまもちゃんにあの目で見られたら、私は戦いすらも放り投げて逃げ出してしまうかもしれなかったから。
今回の敵は手強かった。五戦士の技を駆使してようやく追い込んで私が必殺技のためにスティックを構えた、その時。
最後のあがきか、突然敵がある人物に目掛けて攻撃を放つ。その先を見た私は戦慄が走る。
「ちびムーン!!!」
その後の自分の行動はよく覚えていない。
無我夢中でちびムーンのところに飛び出して突き飛ばし、頭に激痛が走ったかと思えば、途端に視界が真っ白になった。
私、ちゃんと守れたかな。
私と、まもちゃんの…大事な大事な…あの子を…
まもちゃん…ちびうさ…酷いこと言って…ごめんね
意識が保たれたのはそこまで。私は深い闇に包まれていった。
※※※
どこからか規則正しいリズムを刻んだ機械音と、閉じた瞼から感じる柔らかい光が、私を真っ暗な何もない世界から呼び覚ました。
始めに見えたのは白い天井。光は揺れるカーテンの間から入る暖かな陽。
そして、横にいるのは。
「うさこ!! 良かった…! 目を覚ましたのか!? 今先生を呼ぶからな!」
顔を見るなりそう言って慌てた様子でナースコールを押す。
私の左手には点滴が打たれていて、胸元にはコードが付けられ、機械音の正体は自分の心音だったということに気付く。
目が覚めた時から感じていた点滴が打たれた先の手に温かさに視線を向ければ、今横にいる彼の右手にしっかり握られているのが映った。
ぼんやりとしていた視界と気持ちがそれで一気にはっきりとして、すぐにその手を離す。
「うさこ…?」
いぶかしげに問いかける呼ばれ慣れないその言葉に何も言えず、ただ彼を凝視する。
綺麗な蒼い瞳は私のとった行動に揺れていて、すぐ下は見て分かるほど赤くて、くまができていた。ほとんど寝ないで付いていてくれたのだろうか。
ここは、病院?
どうして?
私は何で彼と一緒にいるの?
『うさこ』って…?私のことなの?
こんなに私を心配している彼のことが分からない。
あなたは
あなたは
「あなたは………『誰』ですか?」
彼を見て初めに思った事を尋ねれば、彼は表情を固めて短く「え…?」と返し、私と同じように言葉を失って見つめていた。
分からない。私の身に何が起こったの…?
つづく