レグルスの鼓動

「ね、ねえやだ!」
「なぜ。ここなら誰も見てないからくっついてもいいんでしょ?」
 後ろから抱きしめてくる楽しそうな彼が鏡に映ってる。だんだんとその手が胸の方に上がってきたからぶんっと腕を降ろした。
「なぜでもなんでも、こーゆーところは一人で入るものなのっ」
 このお店のフィッティングルームは私の知ってるそれよりも随分広いけれど。なんかふわふわなルームシューズもあるし、鏡も大きくて、両サイドにもついてるし…っい、色々見えちゃうじゃないのよっ!
「そうやってさ、いちいち俺のすることに反抗するの、疲れない?」
「疲れるわよ!!」
 もう! と振り向いて見上げると、唇を噛みながら不服そうなのにどこか寂しげな表情とぶつかった。
「じゃあ、素直に俺に従ってろ」
 ほっぺたを両手で挟んでキスをして囁くように俺様発言する彼は、腰を引き寄せる手はいつもよりも頼りなくて、もう片方の手で胸に顔を押し付けられると心臓の音がこれでもかというほど伝わってきた。
 
 早くて、力強い鼓動。

 冷たい笑みで、頬に触れる手もひんやりしてるのに。

 どうして胸の中だけはそんなに熱く波打っているの?

 まもちゃんと遠藤さん。二人分の命を揺り動かしてるその音は、暗い目をした彼が宿す、たった一つの太陽みたいで。
 私はその熱を確かめるみたいに胸元に手を置いて、耳を傾けた。ふと。横の鏡に映っている彼を見ると、目を閉じていたその横顔がふっとこちらを見た。
 瞬間、綺麗な蒼い目で私を捉えてはっとなる。


 ーーうさこ……ーー


「まもちゃん!?」


 けれど、「バカだな」と呆れて言う遠藤さんに見下ろされて。感情の行き場がないまま透明な膜を張った目で見つめ返すと、くしゃっと顔を歪めた彼に顎をやんわり掴まれた。
「俺は衛じゃない。うさぎちゃん、いい加減俺のことだけ見ろよ」
「……っ、それは無理って、言ったでしょ」
 どうして? 確かに、あれは……まもちゃんだった。まもちゃん……。
「……俺はうさぎちゃんしか見てないのに。不公平だな」
 その声は弱々しくて、私は自分の中途半端な気持ちに自分自身が許せない。唐突に胸がキュッと痛くなる。彼の腕を掴む。
 そしたらふっと笑った気配がして。気が付けばぷちぷちボタンを外していく彼にあっという間にブラウスを剥かれて肩から首すじまでキスされる。

「や、待って」
「待たない」
「けど」
「ほら、服着替えるんでしょ?」
「バカー!」

 そんな言い合いをしてるうちに、いつの間にか服がチェンジされてた。
 なんなの遠藤さん。なんかの術師? 変!!
 てっきりまたエッチなことされるのかと思ったらちゃんと服着せてくれてる。別に、ガッカリしてるわけじゃないけど。むしろほっとしてるし。うん。
 でもえんどーさんて、すごくゴーインかと思えば、ギリギリのところで一歩下がることあるんだよね。
 どうしてなんだろう。
 
「うん、やっぱり似合ってるよ」
「そ、かな」

 なんだろ。鏡越しに、ドヤ顔してる。やっぱり変。
 まもちゃんとも、初めの印象の遠藤さんとも違う、新しい彼の一面が見えた気がして、なんだかちょっと面白くなってきた。
 遠藤さん自身のこと、もっとちゃんと知りたいよ。
 
 
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