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『執行猶予』(まもうさ)
「秋ですねー」
「そうだな」
残暑を抜ければ秋の空。
入道雲は消え去って綿毛雲が広がる優しい空。
俺たちは夏は敬遠していたオープンカフェに立ち寄ってコーヒーとココアを啜りながらそんな秋の風を感じていた。
「うさこは食欲の秋?」
「そんなことないもん!!」
ケーキ三点盛り合わせセットを注文して食べているのだから全く説得力が無いのだが、ぷうっと頬を膨らませて顔を赤くしているお決まりのその表情が可愛くてついからかってしまう。
「じゃあ、睡眠の秋か。」
「もう!まもちゃんのイジワル!」
声を立てて笑ってからもう一度コーヒーを啜る。
そして微笑んで彼女を見れば、頬を染めてもごもごと囁いていた。
「ん?どうした?」
「まもちゃんの…秋、だもん。」
「え??」
「だーかーらー!まもちゃんの秋なの!!」
大きな声は響いて店の客の視線が一気にこちらに向けられる。
「う、うさこさん?」
小さな声で伺うがなんのその。彼女の声量は更に増す。
「ケーキ食べるのも寝るのも大好きだけど、まもちゃんと一緒、がいいの!!じゃなきゃ意味無いもん!!!」
「…!?」
その言葉にやり場の無いうさこに対する衝動が更に増す。
今ここが一際目立つオープンカフェじゃなければ確実に彼女を腕の中に収めていただろう。
どうしてこう、うさこはいつもいつもとんでもなく可愛いことをさらりと言うんだろうか。
それでもなんとか徐々に平静を取り戻していくと、今度は周りからの冷やかしの言葉とか穴が開くほどの痛い視線とかが飛んでくる。
しかもその中にはうさこの容姿を褒める様な不埒な輩の声まで聞こえてきた。
その声に少し眉間に皺が寄ったが、それでもうさこは全く気付かずに俺のことを「えへへ~♪」と無邪気に可愛く微笑み続けている。
くそ、駄目だ。こんな可愛い顔他のどうでもいい男になんか見せて堪るか。
ゆっくりと男の声がした方を向いてすっと目を細くして睨んでやると、あからさまに息を呑む音が聞こえてくるかのような表情をしていた。
ふっと、僅かに笑みを漏らした後、恋人に柔らかく微笑みかける。
「うさこ、出ようか。」
「へ?何で?まだケーキ食べ終わってないよ??」
「うちにもプリンがあるぞ。」
「プリン!?行く行くー!」
結局食べ物で恋人を誘っている自分だったが、目を輝かせて美味しそうに食べる姿は出来ることなら自分だけが見ていたいから。
いつもはここまで独占欲に駆られないのに。
こんなことを思うのは、さっきの彼女の言葉のせいなんだ。きっと。
「あ!でもやっぱりちょっと待って!あと少しで食べ終わるから!」
「おい…。」
やっぱり食欲の秋なんじゃ…
「ね?いいでしょ?」
「…ああ。」
だから!その顔でおねだりされたら断れないんだよ俺は。
ケーキが食べ終わるまであと1分。家に帰るまでの道のりは10分。
取り合えず俺の衝動が飛び出すまでの執行猶予。
チリチリした思いでケーキを眺め、しかし食べる彼女のその姿に安らいで。
俺の秋は忙しい。
俺も違わずうさこの秋か。