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『雨の日の北崎さんの憂鬱』(クン美奈)
「お邪魔しまーっす!」
美奈子は玄関に入るなりずぶ濡れのその体で上がろうとする。
「待て。これで体を拭け。」
持ってきていたタオルを差し出すとニヤニヤし始める美奈子に何だ、という視線を送る。
「賢人ってばやーらーしー。」
「意味が分からん。まあ何とかは風邪引かないと言うから別にいいが、フローリングが濡れるからな。」
「なっによ私より床の心配!?」
「お前が先に変なことを言うからだ。全く人の親切を…」
「はいはいすみませんでしたー。ほら早くタオルちょうだいよ!」
俺の手からタオルをひったくって体を拭き始める美奈子に溜め息を付く。
リビングに通すと彼女は床にペタリと座って、リボンを外すと髪の毛の水滴をタオルで拭き始めた。
十番高校の制服はピタリと肌に貼り付いていて、衣替えをしたばかりの夏服はその肌色までも透かしていた。
全くこのお嬢さんは警戒心が無くて困る。
俺の事を年寄りくさい口煩い保護者のように思っている節があるようだが、一応美奈子と付き合っている男なのだ。
まあそんな格好でふらふらどこかを歩かれるよりは、ここにいてくれたほうが遥かにいいのだが。
しかしこの状況は…確かに色々と面倒だな。
「風呂沸かすか。」
「は!?何で!?」
「この梅雨時に傘を持ち歩かないお前が悪い。そんな濡れ鼠なお前を放っておけるほど俺も冷たくない。」
「だ、大丈夫よ!」
「いいからそこで待ってろ。」
俄かに慌て始める美奈子を置いて風呂の準備を始めた。
風呂が沸いて脱衣所に彼女を促し下着や靴下は乾燥機に入れておけと言うと、真っ赤な顔をして怒鳴られた。
「俺に干されるのと乾燥機に入れてスイッチだけ押すのとどっちがいいんだ。」
淡々と聞けばまた叫んで色々言ってきたが最後には納得し、俺はそのまま勢いよく追い出された。
とりあえず無意味に色気を発散させる彼女を視界から外すことは成功したようだ。
全く。何だって、あんなに透けやすい派手な色のものを着けてるんだ。
本当ならあんな姿を晒してどうにかされても文句は言えないんだぞ。
俺みたいな自制のきく男が恋人なことに感謝するんだな。
しばらくして脱衣場のドアが開いて「お湯頂きましたー」とつき物が落ちたように爽やかに明るく言う彼女。
「ああ、何か飲む…」
飲むか?と聞こうとした言葉はその姿を見て引っ込んだ。
俺が貸した部屋着の上しか着ていない。
美奈子、お前は本当に一体何を考えているんだ。
まだ風呂に入る前の方が良かったんじゃないか?
「お前…なんて格好してるんだ。下はどうした。」
「賢人の服でかすぎ!いいでしょ膝まで隠れるし。さすがにパンツは穿いてるわよ。」
「パ…そういう問題ではない。」
「別に、賢人しかいないんだからいいじゃない!」
俺が硬直しているのをよそに、彼女は勝手に冷蔵庫を開けてスポーツドリンクをゴクゴク飲み、親父くさく感嘆の声を上げている。
俺は……どうしてこんな彼女と付き合っているのだろう。
しかも何気に男心をくすぐるような言葉を吐いているのは無意識か?
美奈子、お前は本当に一体何なんだ。
「テレビでも付けよ。」
何でもない風に言って極めて普通の態度で俺の横を素通りしようとする美奈子の腕を掴む。
「分かってないようだから言っておく。俺は男だぞ。」
「何当たり前の事言ってんの?」
人の恋路のことは世話を焼きまくってどうでもいい知識を仲間に披露している癖して、どうして自分に関することはこんなにも疎いのか。
「もういい。俺はレポートがあるから自分の部屋に行って来る。お前は好きにテレビでも見てろ。」
「え」
「乾燥機が終わったら帰れ。制服はそこに干したから。」
「え、あ、うん。て、ちょっと賢人!」
「お前なぞもう知らん。」
「何よそれ!!」
美奈子の叫び声を尻目に自室のドアノブに手を掛ける。
「待ってよ!!」
その手を彼女の両手が包んで俺の動きが止まる。
「何だ。」
「ごめん、なんか怒ってる?」
「怒ってない。」
「怒ってる!!」
「いいから手を離せ。」
「やだ。賢人ごめん怒らないで。一緒にいてよ。ね?」
本当にこのお嬢さんは。何て顔してるんだ。
いきなり素直に謝られてそんな泣きそうな顔で見つめられたら…
さすがに限界なんだが。
その後俺がどうしたかって?
そんな質問、全くもって、愚問だな。