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『雪の温度』(クン美奈)




今日は深夜から降り続けていた雪が朝から薄っすらと積もっていて、歩いてどこかに移動するのは不向きと思われた。しかし車を出そうという俺の申し出に頑なに拒否する恋人は電話口であるもののその大袈裟な手振りまで見えそうなほど。

結局駅で待ち合わせして会うこととなった。

少し経つと時間ピッタリに現れた彼女はオレンジ色の傘から笑顔をのぞかせる。

「おはよ!」

「おはよう。休日の朝からこの雪だと言うのに外で待ち合わせとは、根っからのアクティブ派だな美奈子は。台風も大雪もその行動力からは逃げ出しそうだ。」

「もーっなんか失礼!!そんなにドライブの方が良かったの?」

そういう訳ではない。ただ、いくら美奈子でもこの寒さでは万が一よりも可能性としては低いかもしれないが風邪を引いてしまわないとも言い切れない。恋人として当然の心配をしただけのことだ。言ってはやらんが。

「まあいい。それで?今日はどうしたいんだ?」

今日は一日空けていたから自由が利く。久し振りの美奈子との時間だった。だから普段よりは彼女の要望も聞きたいとも思っていた。

「うん!隣町まで歩こう!!」

「は?」

「で、スケートしたいの。賢人と。」

駅で待ち合わせしておいて歩いて目的地へ行く、だと?そしてその先に待ち受けているのはスケート。
スケート場。隣町のそれは屋外で何が楽しいのか氷の上をただ滑るだけのレジャー施設。そして今日はこれから大雪の予報。
俺は要ほどではないが寒いのは苦手だ。スケートなんぞした日には顔まで凍りついて尚且つ――

「ちょっと!あからさまに嫌そうな顔しないでよ!!あー!まさか賢人ってばスケートできないの~?」

「断じて違う。」

「じゃあいいじゃない。」

バカかお前は。そんな嬉しそうな顔をしてくれるな。しかも今気付いたがスケートに行こうと誘っておきながらその丈の短いスカートはどういうことだ。上だって薄手のニットに風通しのよさ気な薄い上着一枚。防寒、その他諸々の注意が明らかに欠如しているぞ。ああそれでも風邪は引かないんだったなお前は。やはりバカか。

「行こっ!」

腕をぐいと引かれて上機嫌の彼女に連れられる。

オレンジの傘に入れられる形だったから、貸せと柄を取って諦めたように大寒コースに歩みを進めた。

「初めてね!雪の日にあんたと歩くの。」

「……そうだな。」

できることならこの先はあまり何度もあって欲しくないのだが。

そう思っていた矢先、美奈子がくしゃみを一つした。

「だから!何でお前はそんな薄着なんだっ」

コートを一枚脱ぐと美奈子に羽織らせる。

「だって…」

「なんだっ」

呆れて半ば自棄になりながら答えを促す。

すると美奈子の体がこちらに傾き、腕にぎゅっと密着してきた。

「そのほうが、賢人にくっつけるって思ったんだもん……」

「…………………」

立ち止まる。思考も止まる。

「ねー、賢人?あのね、寒い。」

「お前は…本当にバカだな。」

「なっ、って、え……!?」

オレンジの傘が落ちる。こんな道中で俺の理性を一端でも崩すとは。美奈子は本当に理解不能で予測不可能。

それでもこの腕に収まる彼女の体温はどうしようもないくらい愛おしく。

大寒コースも悪くない。そんな風に思う自分がなんだか酷くバカな男に思えた。

それでも今更この腕を緩めるつもりなど皆無であったが。




オレンジに薄らと落ちていくその白が

ただの氷の欠片でなくなった、初雪の朝

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